定義
ミクロの世界の極めて小さな粒子が、複数の異なる状態を同時に併せ持っている現象です。私たちが直接観測するまでは特定の1つの状態に決まっておらず、測定すると決まった確率に従って1つの結果が現れます。重なり合った可能性同士が互いに「干渉」し合えるという点が最大の特徴です。
コインがくるくると回り続けているときに起きていること
テーブルの上に立てたコインを、指先で勢いよくピンと弾いて回してみてください。くるくると回り続けるコインを見ながら、今それが「表」なのか「裏」なのか言い当てられるでしょうか? 止まるまでは表とも裏とも言えませんよね。まるで表と裏が混ざり合っているかのように見えます。
私たちが暮らす日常の目に見える世界では、手でコインをパッと押さえた瞬間に結果が確定します。ただし、回転するコインは実際には毎瞬どちらかの向きを向いており、本物の重ね合わせとは違います。あくまで直感を助けるためのイメージです。しかし、原子や電子といった極微の量子力学の世界では、最初からどれか1つの状態に決まっているのではなく、複数の状態が霧のように重なり合って存在しています。このように重なり合った可能性同士は、「干渉」という、コインには見られない現象を引き起こします。
これを物理学では「重ね合わせ」と呼びます。光や電子は、観測という行為をするまで、自分から「ここ」あるいは「あそこ」を選ぶことはありません。無数の可能性を同時にすべて抱え込んだまま、波のように広がっているのです。
箱を開けるまでは誰にもわかりません
オーストリアの物理学者シュレーディンガーは、ミクロな世界のルールを猫のような大きな物体にそのまま当てはめると、いかに奇妙なことが起きるかを指摘するために、有名な「シュレーディンガーの猫」という思考実験を提案しました。密閉された箱の中に、毒ガスの発生装置と放射性原子、そして生きた猫を一緒に入れるという架空の実験です。原子が崩壊すると毒ガスが噴出し、猫は命を落とします。
量子力学の考え方を猫にまで単純に適用すると、私たちが箱のフタを開けて中を覗き見るまで、原子は崩壊した状態と崩壊していない状態が重なり合っています。となると、猫までもが「生きている状態」と「死んでいる状態」が半分ずつ重なり合った、奇妙極まりない姿になってしまいます。
もちろん、現実の猫がこのような状態になることは観測されません。大きな物体は周囲の環境と絶えず相互作用するため、重ね合わせがあっという間に壊れてしまう(デコヒーレンス)からです。一方で、極めて小さな電子1個は、測定装置でパシャリと捉えた瞬間にはじめて1つの点へと収束します。測定器と相互作用した瞬間に可能性が1つに定まることを一般に「波動関数の収縮」と呼びますが、その本質についての解釈は物理学者の間でも分かれています。収縮そのものを想定しない解釈もあります。いずれにせよ、人間の「目」で見なければ決まらないというわけではありません。
もう少し正確に言うと:0と1を同時に宿す「量子ビット」
もう少し正確に言うと、重ね合わせは単に「結果はあらかじめ決まっているのに、私たちが知らないだけ」という状態ではありません。そんな説明では、干渉のような実験結果を説明できないからです。もっとも、波動関数が現実世界で何を意味しているのかについては、今なお解釈が分かれています。
この不思議な性質は、未来の技術である「量子コンピューター」の心臓部となっています。通常のコンピューターが扱う情報の最小単位「ビット(bit)」は、「0」か「1」のどちらか一方の値しか持てません。スイッチがONかOFFか、どちらかを選ぶようなものです。
これに対して、量子コンピューターの「量子ビット(qubit)」は、0と1の状態を同時に持つことができます。ただし、量子ビットを実際に測定してみると、最終的には0か1のどちらか1つしか得られません。そこで量子コンピューターは、正解が出る確率だけが高くなるように波同士を干渉させる特殊な計算法を用います。これにより、素因数分解や探索といった特定の問題において圧倒的な高速化を実現できるのであって、あらゆる計算が魔法のように速くなるわけではありません。
よくある誤解
量子重ね合わせとは、答えがすでに決まっているのに私たちがまだ確かめていないから「知らないだけ」の状態である。
答えがあらかじめ決まって隠されているだけだとすれば、干渉などの実験結果を説明できません。観測するまでは複数の状態が重なり合っており、測定した瞬間に決まった確率に従って1つの結果が現れます。波動関数の解釈には諸説ありますが、単に「知らないだけ」という説明が成り立たないことは実験によって証明されています。
日常で出会う場面
重ね合わせのイメージを掴む比喩としての、倒れるまで表と裏がめまぐるしく入れ替わりながら回り続けるコイン(本物の重ね合わせと違って干渉は起きません)
量子コンピューターが量子ビットの重ね合わせと干渉を利用して、素因数分解などの特定の問題を桁違いのスピードで解き明かす仕組み
つまり ひとことで
観測するまでは複数の状態が重なり合っており、測定すると決まった確率に従って1つの結果が現れるというミクロな世界のルールです。重なり合った可能性同士は、互いに干渉し合うことができます。