定義
刷り込み(インプリンティング)は、動物が生まれた直後のごく短い特別な時期に、最初に出会った対象を親や相手として頭にハンコを押すように深く刻み込む、独特な学習のかたちです。ふつうの勉強や繰り返しの訓練とは違い、短い経験だけで、長く変わりにくい記憶が残ります。
なぜ生まれたてのアヒルは人のあとをついて回るのでしょう?
生まれたばかりのアヒルのひなが、おもちゃの電車や人のかかとをちょこちょこ追いかける面白い動画を見たことがあるかもしれません。アヒルやガチョウのような鳥は、卵から出た直後に、目の前で動いて音を出す最初の存在を、無条件にお母さんだと認識します。
自然の中では、巣で卵を温めてくれた本物の親鳥がいつもそばにいます。だからひなにとっては、目の前で動く最初の相手をお母さんと信じてついていくのが、厳しい野生で生き延びるいちばん安全で確実な方法になります。
ところが、卵から出たときに親鳥の代わりに研究者やおもちゃがいたら、問題が起こります。ひなは目の前の見知らぬ相手を親だと固く信じて、どこへでもついて回るようになるのです。
これは、たくさんの練習を重ねてゆっくり覚えるふつうの記憶とはまったく違います。ごほうびも訓練もなしに、短い経験だけで長く変わりにくい記憶として脳に深く刻まれるからです。
決まった時間が過ぎると、脳の扉が閉まります
刷り込みは、生まれてからいつでも好きなときに起こる魔法ではありません。動物ごとに、この特別な記憶が刻まれる短い時間の窓が開いていて、これを生物学では敏感期、または臨界期と呼びます。
たとえばマガモのひなを使った古典的な実験では、孵化してから13時間から16時間のあいだがもっとも敏感でした。この時期に動く対象を見ないまま過ぎてしまうと、あとで対象を見せても刷り込みがうまく起こりません。
反対に、この時間のうちに一度対象が決まると、ほかの対象に変えるのはとても難しくなります。まだ固まっていない濡れたセメントに押した足跡が、固まってしまうとなかなか消えないのと同じです。
このように、記憶の扉が大きく開いて閉じるまでの時間はとても短いのですが、一度ハンコが押されると簡単には元に戻せない強い持続性をもっています。ただし、ローレンツが述べたように完全に元に戻せないわけではなく、条件しだいで変わりうるという後の研究もあります。
もう少し正確にいうと
刷り込みは、単に「お母さんについて回るかわいい行動」で終わるものではありません。大人になったとき、誰を交尾の相手に選ぶかを決める性的刷り込みにまで深くつながっています。
幼いころに人に刷り込まれた鳥は、成長したあとも同じ種の鳥より人に惹かれ、人に近づいて求愛のダンスを踊ることもあります。野生動物の保護施設で絶滅危惧種の鳥を世話するとき、飼育員が親鳥の形の人形を手にはめてエサをやるのは、まさにこのためです。
また刷り込みは、目で見る視覚だけでなく、においや音でも起こります。自分が生まれた故郷の川の独特な水のにおいを脳に刻み込んでおき、何年もたってから数千キロを泳いで卵を産みに戻ってくるサケが、代表的な例です。
結局、刷り込みは、遺伝子に刻まれた生まれつきの本能と、生まれて初めて出会う後天的な経験が見事に結びついて生まれる、驚くべき生命現象なのです。
よくある誤解
刷り込みは、生まれてからいつでも、最初に見た対象に無条件についていく現象だ。
生まれてすぐの決まった「臨界期」にだけ起こります。この時期が過ぎると、対象を見せても刷り込みはうまく起こりません。
日常で出会う場面
動物学者コンラート・ローレンツ博士をお母さんだと思い、列になってついて回ったガチョウのひなの有名な実験があります。
幼いころ人の手で育てられたツルが、大人になって人に愛を告げるように求愛のダンスを踊ることがあります。
つまり ひとことで
生まれてすぐの決まった短い時期に、最初に見た対象を親や相手として強く刻み込む学習です。