定義
DNAやRNAのような遺伝物質を持たず、タンパク質のかたまりそのものが感染を引き起こす、とても変わった病原体です。異常にねじれたプリオンタンパク質が正常なタンパク質に出会うと、その形をそっくり同じに変えてしまいます。こうして溜まった変形タンパク質は神経細胞を壊し、脳にスポンジのような穴を開けます。牛にこの病気が出ると牛海綿状脳症(BSE)、一般には狂牛病と呼ばれます。
生き物のルールを破った、不思議な病原体
折り紙で、一枚だけ変な折り方になった失敗作が、まわりのきれいな紙まで次々にくしゃくしゃにしてしまう場面を思い浮かべてみてください。プリオンは、まさにそんな失敗作の紙のように働く特別なタンパク質です。
普通の風邪を起こすウイルスや食中毒を起こす細菌は、体の中で増えるために必ず遺伝情報を持っています。ところがプリオンには遺伝物質がまったくありません。タンパク質のかたまり1つだけで病気をうつす、不思議な存在です。
正常なプリオンタンパク質は、人や動物の神経細胞をはじめ、いろいろな細胞の表面にもともとおとなしく存在しています。問題は、このタンパク質の立体的な形がゆがむところから始まります。自然にゆがむこともあれば、遺伝子の変異でゆがむことも、外から入ってきた変形プリオンのせいでゆがむこともあります。
こうして間違って折りたたまれた変形プリオンは、隣にある正常なタンパク質をつんつんと突きます。すると正常なタンパク質までが不良な形へと連鎖的に変形し、歯止めなく増えていきます。
草食の牛が、なぜ動物の肉を食べたのか?
草を食べて生きる草食動物の牛が、どうしてこんな恐ろしいタンパク質の病気にかかってしまったのでしょうか。悲劇の原因は、人間がつくった飼料にありました。
牛をより大きく、より早く育てて、乳や肉をたくさん得ようと、動物性の飼料を与えたのが災いのもとでした。牛や羊を解体したあとに残る副産物や骨を細かく砕いてつくった「肉骨粉飼料」を、草食動物に食べさせたのです。
最初の変形プリオンがどこから来たのかは、まだ確定していません。スクレイピーという脳の病気にかかった羊から来たという説と、牛に自然に生じたという説の両方があります。はっきりしているのは、感染した動物の神経組織が飼料に混ざり、牛から牛へ広がったということです。変形プリオンはふつうの加熱調理や消毒にも耐えるため、飼料をつくる加熱の工程を経ても生き残りました。
こうして汚染された飼料を食べた牛たちの脳に、変形プリオンが少しずつ溜まっていきました。脳の細胞が壊れ、足取りがふらつき、凶暴になる牛海綿状脳症、つまり狂牛病が集団で発生してしまったのです。
もう少し正確にいうと:人への感染と安全な食卓
変形プリオンが世界に大きな衝撃を与えたのは、人にもうつる可能性があるとわかったからです。狂牛病にかかった牛の危険部位を食べた人に、脳が傷つく変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)が確認されました。
この病原体は、焼いたり煮たりするふつうの調理では、感染力がほとんど失われません。そのため対策は、調理法ではなく危険部位を最初から取り除く方向で進められています。プリオンは赤身の肉よりも、脳・目・脊髄などの神経組織や小腸の終わりの部分などに集まります。こうした部位を「特定危険部位(SRM)」と定め、解体のときに切り離して廃棄します。
反芻動物に反芻動物の肉骨粉飼料を与えることも、多くの国で禁止されました。さらに、牛由来の原料を含む食品については、原産地や原料の部位によって、輸入を止めたり、別に扱ったりする規定を設けている場合もあります。牛の皮や骨から得られるゼラチンのような原料が、こうした規定の対象になるのはそのためです。
よくある誤解
牛肉をぐつぐつ煮込んだり、しっかり焼いて食べれば、プリオン感染を防げる。
プリオンは、ふつうの調理温度や消毒薬では壊れません。だから危険部位を最初から取り除く方法で管理しているのです。
プリオンは、毒性がとても強い新種のウイルスや細菌の一種だ。
プリオンは生き物ではありません。細胞の構造も、DNAやRNAのような遺伝物質もまったくなく、間違って折りたたまれて固まったタンパク質のかたまりにすぎません。
日常で出会う場面
草食動物の牛に動物性飼料を与えたことで大規模に広がった牛海綿状脳症(狂牛病)
変形プリオンに汚染された牛の危険部位を食べたときに、人に現れる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)
羊やヤギが脳の病気で体をひどくかきむしる、動物のプリオン病であるスクレイピー
つまり ひとことで
プリオンは、遺伝物質を持たず、タンパク質の構造が変わるだけで感染を起こす病原体で、脳の細胞を壊して、牛の狂牛病や人の脳の病気を引き起こします。