科学

生物的防除

農薬の代わりに畑へテントウムシを放してアブラムシを退治するように、自然の食物連鎖を借りて害虫を抑える知恵のことです。

  • 約4分
  • 図 1点
  • 2026-10-12 検証

定義

生物的防除とは、強い化学農薬に頼る代わりに、害虫を捕食する天敵や寄生昆虫、微生物といった「生きた生物」の力を利用して農作物の被害を抑える環境にやさしい技術です。

農薬の代わりに天敵を呼ぶ「自然の警察官」

アブラムシでいっぱいのイチゴ畑に、強い殺虫剤をまく代わりに数百匹のナナホシテントウを放す場面を思い浮かべてみてください。テントウムシは1日にアブラムシを何十匹も平らげる優秀なハンターです。人間が人工的な化学薬品を使わなくても、食物連鎖にもともと存在する自然の天敵関係を活用すれば、害虫の数を安全にコントロールできます。

化学農薬は、害虫だけでなく作物を口にする人間や土壌にも有害な残留物を残すおそれがあります。さらに頻繁に散布し続けると、薬への耐性を獲得した「スーパー害虫」が現れることもあります。一方で生きた天敵を活用すれば、環境を汚すことなく作物を健やかに守り育てることができます。

こうした方法は、ビニールハウスのように外部と遮断された施設栽培で特に優れた効果を発揮します。コナジラミのように体が小さく繁殖の早い害虫を抑えるために天敵の寄生蜂を放つと、蜂自らが卵を産みつけながら害虫を減らしてくれます。

食べる、病気にさせる、繁殖を邪魔する

生物的防除は、単に天敵が害虫を直接捕食するだけではありません。害虫の体内や卵に自分の卵を産みつける寄生昆虫の生態的特徴を利用する方法もあります。卵からかえった幼虫が害虫の体内の栄養を奪いながら育つため、害虫が爆発的に増えるスピードを根本から抑え込めます。

害虫だけに効くカビや細菌といった微生物を活用する道も広く使われています。代表的なのが「BT菌(バチルス・チューリンゲンシス)」という土壌微生物です。菌株によって特定の蛾の幼虫や蚊のボウフラ、一部の甲虫などが口にしたときだけ腸を破壊する特殊なタンパク質を作ります。人間や家畜、ミツバチなどの益虫にはほとんど害がないため、比較的安全な天然の武器となります。ただし、害虫以外のチョウや蛾の幼虫にも影響を与える場合があります。

生物的防除と組み合わせて使われる環境にやさしい手法として、害虫が交尾相手を探す際に出すフェロモン(合図となる化学物質)を模倣する方法もあります。人工的なフェロモンの匂いを畑一面に漂わせてオスとメスの出会いを邪魔したり、トラップ(罠)におびき寄せて繁殖そのものを防いだりするスマートなやり方です。

より正確に言えば:「全滅」ではなく「バランス」

より正確に言えば、生物的防除の最終目標は害虫を地球上から「完全に根絶する」ことではありません。害虫をゼロにすることは現実的に難しく、その必要もありません。害虫が少し残っていなければ、天敵もその場にとどまって見張りを続けることができないからです。生物的防除の本来の目的は、害虫の数を経済的な被害が出ないレベルに抑え込み、生態系の健全なバランスを保つことにあります。

また、海外から天敵となる生物をむやみに導入する際には細心の注意が必要です。かつてオーストラリアでは1935年、サトウキビの害虫を駆除するために外来種であるオオヒキガエルを導入しました。しかしカエルは害虫をうまく捕獲できずに大繁殖し、毒を持つカエルを食べた現地の捕食動物が次々と命を落とすなど、生態系に甚大な被害をもたらしました。導入した天敵が新たな特定外来生物や生態系破壊者にならないよう、事前の徹底した検証が欠かせません。

結局のところ、生物的防除は生態系の複雑なネットワークを深く理解して初めて成功する精密な科学です。人間の都合だけで自然をねじ伏せるのではなく、自然が持つ自浄作用や相互作用の力を借りて、持続可能な農業を形づくっていく知恵なのです。

よくある誤解

誤解

生物的防除は、害虫を一匹残らず完全に全滅させる技術である。

事実

害虫を100%全滅させるのではなく、農作物に実害が出ない低い密度に抑えて生態系のバランスを保つことが目標です。完全な根絶は現実的に難しく、その必要もありません。また、害虫が少し残っていないと天敵もその場にとどまれず、害虫の抑制を続けられないからです。

日常で出会う場面

  1. アブラムシの多い果樹園にナナホシテントウやクサカゲロウの幼虫を放して、アブラムシの被害を抑えます。

  2. 蚊の幼虫であるボウフラを減らすため、ドジョウやメダカを河川や水たまりに放流して繁殖を抑えます。

  3. 有機栽培の田んぼにアイガモを放して雑草や害虫を食べさせる「アイガモ農法」や、ジャンボタニシ(スクミリンゴガイ)を利用する除草法があります。ただしジャンボタニシは稲の苗を食害する外来種でもあるため、水深の管理や回収などの徹底した対策が求められます。

つまり ひとことで

化学農薬の代わりに天敵や微生物といった自然の生物を利用し、害虫の発生を抑えて生態系のバランスを守る環境にやさしい技術です。

作成 2026-08-16 更新 2026-10-12 検証 2026-10-12