定義
ある物を実際に所有すると、手に入れる前よりもずっと価値があると評価してしまう心理現象のことです。自分のものになったという事実だけでその対象に特別な愛着が生まれ、人に譲るときにはより高い対価を求めるようになります。
マグカップひとつで証明された心の錯覚
学校で、学生たちに同じ学校ロゴ入りのマグカップを配る場面を想像してみてください。一方のグループの学生にはマグカップを手に持たせて「いくらなら売りますか」と尋ねたところ、中央値は7ドルほどでした。いっぽう、マグカップをもらえなかった学生に「いくらなら買いますか」と尋ねると、中央値は3ドルほどでした。
同じカップなのに、なぜ2倍以上も価格が違うのでしょうか。カップを手にした学生は、すでにその物を「自分のもの」として受け入れていたからです。物が手に触れた瞬間、心の中で所有権というプレミアムがひとりでに上乗せされるのです。
これは1990年にダニエル・カーネマン、ジャック・ネッチ、リチャード・セイラーが発表した有名な実験です。カーネマンとセイラーは、のちにそれぞれ2002年と2017年にノーベル経済学賞を受賞しました。伝統的な経済学では、売るときの値段と買うときの値段はほぼ同じだと考えられていましたが、実際の人間は、自分の手に持った瞬間に価値をより高く見積もることをこの実験は示しました。ただし、実験の方法によってその差が大きく縮まるという反論もあります。
失う痛みは、得る喜びより大きい
保有効果が生まれる最大の理由は、私たちの脳が損失をとりわけ嫌うからです。心理学の研究によると、何かを新しく得て生まれる喜びよりも、すでに持っていたものを人に手渡すときに感じる喪失感のほうが、およそ2倍大きいといわれています。
経済学では、これを損失回避性向と呼びます。マグカップを売る人は「大切な物を奪われる損」を埋め合わせるために高い値段を言い、買う人は「新しい物がひとつ手に入る得」の分しか払おうとしません。だから、お互いに考える値段が合わないのです。
フリマアプリで自分が使っていた物を出品するとき、相場よりやけに高い値段をつけてしまうのも同じ理由です。使っているうちに愛着がわいて慣れ親しんだ物を手放す過程が、一種の損のように感じられるからです。
もう少し正確に言うと:無料お試しとマーケティングの秘密
企業はマーケティングで、この保有効果をとても上手に活用しています。「1か月無料でお試し、ご満足いただけなければ全額返金」や「自宅でまず試着してから支払い」といったサービスが代表的な例です。
商品を家に届けてもらい、数日使ってみるだけで、脳はその商品をすでに自分の生活の一部、つまり「自分のもの」と認識しはじめます。このとき、無料期間が終わって商品を返すことは、単なるキャンセルではなく、すでに持っているものを奪われる損失に感じられます。結局、多くの消費者が返品をあきらめて、そのまま購入してしまうのです。
もう少し正確に言うと、法的な所有権が完全に移っていなくても構いません。お店で服を実際に羽織ってみたり、スマートフォンを手に持ってみたりする短い接触だけでも、脳は所有したと錯覚して、その物の価値をより高く評価します。
よくある誤解
保有効果は、物に特別な思い出や愛着がある場合にしか現れない。
たったいま無料でもらったペンやマグカップのように、思い出がまったくない物でも、手に持った瞬間にすぐ保有効果が働きます。
日常で出会う場面
フリマで不用品を出品するとき、他の人から見れば高い値段なのに「これくらいはもらわないと」と譲らない場合です。
「1週間無料お試し」でマットレスを注文したものの、返品するのがもったいなくて、そのまま支払ってしまう場面です。
つまり ひとことで
手に入れた物を失いたくない気持ちから、自分が持っている物の価値を実際よりずっと高く評価してしまう心理です。