定義
損失回避バイアスとは、同じ大きさの利益を得たときの喜びよりも、同じ大きさの損失を被ったときの痛みのほうをずっと大きく受け止める、心の働き方のことです。何かを手に入れる幸せよりも、持っているものを失いたくないという本能のほうが、人の行動を強く動かします。
1万円のうれしさより大きい、1万円の痛み
道を歩いていて、たまたま地面に落ちていた1万円札を拾ったと想像してみてください。思いがけない幸運に思わず笑みがこぼれ、一日中ごきげんで過ごせそうです。
では反対に、大事にポケットへしまっておいた1万円を道で落としてしまったらどうでしょう。悔しさや自分への腹立たしさで、夜もなかなか眠れないほどつらいはずです。拾ったお金も落としたお金も同じ1万円なのに、心の中で揺れ動く重みはまるで違います。
行動経済学の研究では、人は何かを失ったときの痛みを、得たときの喜びよりも一般に約2倍ほど強く感じると推定されています(トベルスキーとカーネマンの1992年の研究では約2.25倍)。計算上は「+1万円」と「-1万円」を足せば「0」になるはずですが、人の心の天秤では、多くの場合損失のほうがずっと重く沈み込みます。ただし、研究によっては、特にごく少額のときに損失回避が弱く現れることもあり、その大きさについてはさまざまな見方があります。
財布と選択を揺さぶる、損失への恐れ
この心理は、日常のマーケティングでもとても強力に使われています。たとえばネットショップで「今買えば1万円お得!」と宣伝するよりも、「今買わないと1万円損します!」と言われたほうが、人はずっと焦りを感じて、急いで決済してしまいがちです。
サブスクの「最初の1か月無料体験」にも、損失回避が働いていると解釈されています。1か月たっぷりサービスを使ってみると、そのサービスは「他人のもの」ではなく、すでに「自分のもの」のように感じられてきます(これを保有効果といいます)。すると、解約は単に購読をやめることではなく、すでに享受していた自分の権利を取り上げられる感覚になるため、なかなか解約できなくなります。もちろん、解約をうっかり忘れたり先延ばしにしたりする惰性も、大きな理由とされています。
株や暗号資産(仮想通貨)への投資でも同じです。値下がりして含み損が出ているのに、損失を確定させたくなくて売れず、長く持ち続けてしまう傾向があります。行動経済学ではこれをディスポジション効果と呼びます。
もう少し正確にいうと:なぜ私たちはこんなふうにできているの?
もう少し正確にいうと、損失回避がなぜ生まれたのかについては、人類が野生で生き残るために発達させた生存本能だという説明が広く知られています。原始時代、狩りに成功して肉を少し多く得ても、おなかが少し満たされるだけの利益にすぎませんでした。しかし、持っている食料を奪われたり、けがをして群れから脱落したりする損失は、そのまま命にかかわる死を意味したからです。
この説明によれば、利益を追う大胆な人よりも、損失を恐れて慎重に動く人のほうが、より多く生き残ったということになります。ただし、これは直接確かめるのが難しい仮説です。この仮説どおりなら、現代社会では命を脅かされることは大きく減ったのに、祖先から受け継いだ慎重さのせいで、小さな損失でも大きな危険のように感じてしまう、ということになります。
損失に気をつける気持ちが、いつも悪いわけではありません。ただ、こうしたクセがあると知っておけば、「何を失うだろう」という不安と並べて、「この選択がもたらす新しい可能性」も一緒に考え、自分の選択をもう一度見直すのに役立つかもしれません。バイアスを知っただけで判断がどれほど変わるかについては、研究結果が分かれています。
よくある誤解
損失回避バイアスは、怖がりで臆病な人にだけ現れる。
怖がりな人だけでなく、多くの人に広く見られる傾向です。ただし、その大きさは人や状況によって変わります。
日常で出会う場面
株価が下がって大きな含み損が出ていても、損を認めたくなくて売れず、ずっと持ち続けてしまいます。
無料体験が終わったあとに解約すると特典を失う気がして、定期課金をやめられません。
つまり ひとことで
人は同じ大きさの利益よりも、損失の痛みをおよそ2倍大きく感じる傾向がある、という考え方です。