定義
HDR(High Dynamic Range、ハイダイナミックレンジ)とは、映像や写真において最も明るい部分から最も暗い部分までの明るさの幅を大幅に広げ、人の目で実際に見る世界に極めて近い明暗や色彩を表現する映像技術です。
眩しい日差しと深い影をひとつの画面に
日差しが照りつける夏の日、薄暗い部屋の中から窓の外を眺める場面を思い浮かべてみてください。私たちの目は、室内の暗い家具も、窓の外の眩しい雲も、どちらもくっきりと見分けることができます。人間の目は、光の明るさの差を感じ取れる幅が非常に広いからです。
しかし、従来の規格であるSDR(Standard Dynamic Range)の映像やディスプレイは、記録・表示できる明るさの範囲が狭いものでした。そのため、明るい窓の外に露出(明るさの基準)を合わせると室内が真っ黒につぶれ、逆に薄暗い室内に合わせると窓の外の空が白飛びしてしまっていたのです。
HDRは、この明るさの領域を上下に大きく広げた技術です。光の範囲を実際の自然界に近づけることで、最も暗い場所から最も明るい場所までの隠れたディテールを、SDRよりもはるかに豊かにひとつの画面へ描き出します。なお、スマートフォンのカメラにある「HDR撮影モード」は、主に露出の異なる複数の写真を合成して1枚にする手法であり、ここで扱う映像・ディスプレイのHDR規格とは少し異なる概念です。
もう少し正確に言うと
HDRは、単に画面全体をギラギラと明るくする機能だと思われがちです。しかし、やみくもにバックライトの輝度を上げるだけでは、暗くあるべき夜空まで白っぽく浮いてしまい、目が疲れるだけです。
もう少し正確に言うと、HDRは明るさの単位であるニト(nit)の最大表現限界を大幅に引き上げ、赤・緑・青の各色を表現する階調を従来の8ビット(256段階)から10ビット(1,024段階)以上へと増やして明暗の変化をより細かく刻み、人間の目の特性に合わせた新しい輝度曲線で広い明暗を表現する仕組みです。この変化によって、表示できる色の数も約1,670万色から約10億色以上へと跳ね上がります。
その結果、暗い夜空の闇は(パネル性能が伴えば)しっかりと沈ませ、燃え盛るたいまつや街灯の光だけを強烈に輝かせることで、圧倒的な明暗のコントラストと豊かな色彩を同時に描き出すのです。
HDRを存分に楽しむための3つの条件
最新の高級テレビやスマートフォンを買ったからといって、世の中のすべての映像が魔法のようにHDR画質に変わるわけではありません。HDRの魅力を存分に体験するには、制作から画面出力まで3つの要素が揃っている必要があります。
1つ目は、撮影・制作(カラーグレーディングやマスタリング)の段階でHDR規格に沿って作られたコンテンツであること。2つ目は、その膨大な色と明るさのデータを損なうことなく伝送できるアプリやケーブル、再生機器が揃っていることです。
そして最後は、ディスプレイパネル自体が高いピーク輝度を放ちつつ、しっかりと黒を沈められる十分なパネル性能を備えていることです。より深い黒の表現は、液晶ディスプレイではローカルディミング(部分駆動技術)によって、有機EL(OLED)ではピクセル自体が完全に消灯する自発光によって実現されます。このサイクルのうち1つでも欠けてしまうと、HDR本来の息をのむような立体感を味わうことはできません。
よくある誤解
HDRをオンにすると、画面全体が無条件に明るくなって目が眩しくなる。
画面全体を一律に明るくする技術ではありません。暗い部分はしっかりと暗いまま保ち、太陽の光や照明のように本来明るい部分だけをピンポイントで輝かせることで、現実世界のような立体感を生み出す技術です。
日常で出会う場面
洞窟の中から外を眺める映画のシーンで、洞窟の壁面の岩肌の質感と、外に広がる青空の鮮やかさが同時にくっきりと見えます。
HDR映像の夜の街並みでは、街灯の光が鋭く輝きながらも、その下にある暗い路地の陰影やディテールまでリアルに伝わってきます。
つまり ひとことで
明るい部分はより明るく、暗い部分はより暗く輝度の範囲を広げ、人間の目で見るかのような臨場感ある映像を描き出す技術です。