定義
無限の猿定理とは、無限にたくさんの猿がタイプライターを無作為に果てしなく叩き続ければ、いつかシェイクスピアの戯曲や完璧な本一冊を打ち出す確率が1(100%)になる、という確率論の思考実験です。成功確率が0より大きい一定の値のまま保たれる試行を、互いに独立に無限回くり返せば、どんなに稀な出来事でも確率1で(ほぼ確実に)起こる、という原理を示しています。
タイプライターを叩く猿と「無限」の力
目を閉じてキーボードをでたらめに押して、偶然「りんご」という3文字を打てる確率を思い浮かべてみてください。キーが約50個だとすると、たった数文字でも正しい順番で押せる確率は数百万分の1、文字数が増えれば数億分の1にまで下がります。1つの単語でさえこれだけ難しいのですから、何万語もある分厚い本を偶然に完成させるなんて、想像すらできませんよね。
ところが数学の世界では、「無限」という時間とチャンスが与えられると状況がまるごと逆転します。確率がちょうど0でない限り、どんなにばかばかしいほど小さな確率でも、失敗する確率を無限にかけ合わせていくと、その失敗確率は0に近づいていきます。
コインを何度も何度も投げれば、いつか表が100回連続で出る瞬間が来るのと同じです。無限の試行の前では、どんなに信じがたい偶然も確率1の出来事、つまり事実上避けられないことに変わります。数学ではこれを「ほぼ確実に起こる」と表現します。
もう少し正確に言うと:現実の宇宙ではほぼ不可能です
無限の猿定理は、数学の概念を説明するための論理的な思考実験にすぎません。私たちが暮らす現実の世界で起こると期待できるほど、確率は大きくありません。現実で使える時間も物質も有限だからです。宇宙が誕生してから現在までに流れた時間は約138億年で、観測可能な宇宙にある物質にも限りがあります。
たとえば、アルファベットやスペース、句読点を含めて50個のキーがあるタイプライターを考えてみましょう。シェイクスピアの『ハムレット』に出てくる短い一節(約60文字)を無作為に正しく打つ確率を計算するだけでも、50の60乗分の1になります。この分母は、観測可能な宇宙全体にある原子の数(約10の80乗個)よりもはるかに巨大です。
ビッグバン以来の138億年間、宇宙のすべての砂粒が猿に変わって、1秒に何千回もタイプライターを叩き続けたとしても、意味のある本を一冊完成させる確率は事実上0に近いままです。結局この定理が示しているのは、現実の可能性ではなく、「無限」という数学の道具の威力なのです。
進化や生命の誕生を説明するときに生まれる誤解
この定理を間違って持ち出して、「猿がタイプライターを叩いても本は書けないように、単なる偶然で複雑な生き物が生まれるはずがない」と、進化論への反論の根拠にする人もいます。けれども、自然選択による生物の進化は、単純な無作為のタイピングとはまったく違う仕組みで働いています。
無限の猿定理は、間違えるたびに最初から打ち直す独立した試行です。一方、生物の進化では、有利な変異が次の世代へ受け継がれて広がりやすくなり、そうして残った変異が積み重なっていく「累積的選択」というプロセスをたどります。
タイプライターにたとえるなら、偶然に正しい文字が出たらそのキーを固定しておき、次の文字だけを新しく打つようなものです。この累積の仕組みが働けば、無作為な探索でも、複雑で精巧な遺伝情報が驚くほどの速さで作られることがあります。ただしこのたとえが示すのは、累積的選択が純粋な無作為よりずっと効率的だという点だけです。実際の進化には決まった正解の文章はなく、その時々の環境で生存や繁殖に有利な変化が少しずつ積み重なっていくだけです。
よくある誤解
十分な時間さえあれば、本物の動物園の猿もいつかハムレットを打ち出せる。
現実で使える時間も物質も有限なので(宇宙誕生から現在まで約138億年)、実際にはほぼ不可能です。この定理は現実の猿の能力ではなく、数学の「無限」という仮想の条件の下でだけ成り立つ理論です。
日常で出会う場面
コインを何度も投げ続けていれば、どんなに稀でも、表だけが20回連続で出る瞬間がいつかは訪れます。
4桁の暗証番号を無作為に押し続けるとき、挑戦できる回数が無限にあるなら、いつかほぼ確実に(確率1で)ロックが解除されます。
つまり ひとことで
0より大きい一定の確率の試行を互いに独立に無限回くり返せば、どんなに稀な出来事でも起こる確率は1になります。これは現実の可能性ではなく、数学における無限の力を示す定理です。