定義
モールス信号(モールス符号)とは、「トン(短い信号)」と「ツー(長い信号)」という、たった2つの要素の組み合わせだけであらゆる文字や数字を表現する通信規格です。電線に電流を流したり切ったり、光や音を点滅させたりする極めてシンプルな方法で、遠く離れた場所へ確実にメッセージを届けることができます。
懐中電灯のオン・オフだけで交わす会話
真っ暗な夜、遠く離れたビルにいる友だちと懐中電灯の明かりで会話することを想像してみてください。声は届かず身振り手振りも見えませんが、懐中電灯を「短くパッと光らせる」か「長く照らす」かの2つの合図なら、向こう側へはっきりと届きますよね。
モールス信号は、まさにこの原理を利用しています。短く押す「短点(・)」と長く押す「長点(ー)」という、たった2種類の信号の組み合わせだけで、アルファベットや数字、日本語のカナまで自在に表現できます。たとえば英語の「E」は短点ひとつ(・)、「T」は長点ひとつ(ー)で表します。
周囲の騒音がひどくても悪天候であっても、「信号がついているか消えているか」さえ何とか見分けられれば通信が成り立ちます。1999年に海上の遭難通信が衛星通信やデジタル無線を併用する自動化システム(GMDSS)へと移行したため、一般の船舶では使われなくなりました。それでもこの圧倒的なシンプルさのおかげで、モールス信号は現在でもアマチュア無線や非常時のSOSなど、過酷な極限状況でも頼れる通信手段として大切に残されています。
よく使う文字ほど短く作られた知恵
モールス信号のコード表をよく見てみると、そこには驚くべき工夫が隠されています。サミュエル・モールスとともに電信機を開発したアルフレッド・ヴェイルは、当てずっぽうに符号を決めたわけではありません。印刷所の活字ケースに残っている活字の数を数え、英語の文章でどのアルファベットが最も頻繁に使われているかを徹底的に調べ上げたのです。
その結果、最も出現頻度が高い「E」には一番短い短点ひとつ(・)を割り当て、次に多い「T」には長点ひとつ(ー)を割り当てました。一方で、現在の国際モールス符号において使用頻度の低い「Q(ーー・ー)」や「Z(ーー・・)」などの文字には、あえて長めの符号を割り振っています。
よく使う文字を短くしたおかげで、通信士の指の疲労を大幅に減らし、メッセージを何倍も速く打てるようになりました。これは現代のコンピューター技術でファイルサイズを小さくするデータ圧縮の原理の先駆けとも言える素晴らしい知恵なのです。
少し詳しく:リズムと「沈黙の間」こそが命
モールス信号は、ただ短点と長点を打てばいいわけではありません。音や光をオン・オフする「長さの比率」と、信号と信号の間の「正確な間(沈黙)」を厳密に守って初めて、相手が誤解なく解読できるようになります。
より正確に言うと、短点(トン)の長さを1拍とすると、長点(ツー)の長さはきっちり3倍の3拍でなければなりません。さらに、1つの文字の中にある点と線の間は1拍分空け、文字と文字の間は3拍分空け、単語と単語の間は7拍分空けるという厳格なルールがあります。もしこの間を守らないと、意味が全く変わってしまいます。たとえば短点3つ(・・・)を間隔なしで打てばアルファベットの「S」になりますが、3拍ずつ間を空けて打つと「E E E」になってしまうのです。
ただし、SOSのような特別な意味を持つ信号(プロサイン/略符号)は、文字ごとの間を空けずにひとまとまりの連続音として打ちます。国際遭難信号であるSOSは「短点3つ・長点3つ・短点3つ」を続けて打ちますが、これはパターンが極めて明瞭で誰でも聞き取りやすいために採用されたものです。モールス信号においては、鳴らす音と同じくらい『沈黙の間(リズム)』が命なのです。
よくある誤解
遭難信号の「SOS」は、「Save Our Souls(我らを救いたまえ)」の頭文字をとった略語である。
SOSは特定の英単語の略ではありません。短点3つ、長点3つ、短点3つ(・・・ーーー・・・)というシンプルで誰でも聞き分けやすいリズムの組み合わせとして国際遭難信号に選ばれたもので、文字の区切りを入れずひと続きの信号として送信します。
日常で出会う場面
映画『EXIT エグジット』で、孤立した主人公たちがスマートフォンのライトや声で「ト・ト・ト、ツ・ツ・ツ、ト・ト・ト」と救助要請の信号を送る場面があります。
通信網が完全に遮断された災害時でも、鏡で太陽の光を反射させて長短の合図を作ることで、自分の居場所を知らせることができます。
つまり ひとことで
短点と長点という2つの信号と精密なリズムのルールによって、あらゆる極限環境でも確実にメッセージを届ける通信手段です。