定義
個人にとってはお金を節約して貯めることは美徳ですが、景気が冷え込んでいるときに社会のみんなが一斉に消費を減らして貯蓄ばかり増やすと、かえって社会全体の所得が減り、結局みんなが貧しくなってしまうことがあるという経済理論です。昔から似た考え方はありましたが、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズが広めたマクロ経済の原理です。
自分だけ節約すれば豊かになるけれど、みんなでやると起こること
ひとりが給料の半分を節約して貯金すれば、その人の口座残高はしっかり増えます。将来の不安に備えてまとまったお金を作ろうと切り詰めるのは、個人にとってとても合理的で賢い選択です。
ところが、町の人みんなが同時に外食をやめ、服を買うのもやめたら、まったく違うことが起こります。近所の食堂や洋服店の1日の売上は半分になり、お客さんが来なくなったお店の主人は、従業員を辞めてもらうか、給料を減らすしかありません。
そうして仕事を失ったり収入が減ったりした人たちは、お金がないのでさらに厳しく消費を減らします。自分の支出は誰かの所得になるという経済のつながりがあるため、みんなが一斉に財布のひもを締めると、社会全体のお金の流れがドミノ倒しのように途切れてしまうのです。
このように、個人にとって正しいことは社会全体にとっても正しいはずだと考えてしまう誤った推論を、経済学では「合成の誤謬」と呼びます。節約のパラドックスはその代表例です。部分に当てはまる考えが、全体にもそのまま当てはまるとは限らないのです。
口座にお金が積み上がっても経済が止まってしまう理由
商品が売れず倉庫に在庫が積み上がると、工場や企業も大きな打撃を受けます。新しい製品を作るための採用や新工場の建設といった投資を、いっせいに止めてしまうのです。企業が投資をやめると、原材料を納めていた取引先や建設会社まで、次々と仕事がなくなります。
実際にお金を払って物を買おうとする力(有効需要)が底をつくと、経済の歯車は固まってしまいます。所得が減った人たちは先行きがますます不安になり、手元に残ったお金をさらにしっかりとしまい込むようになります。
その結果、国全体の所得が縮むなかで、国民が貯蓄しようとする割合を高めても、実際に集まる貯蓄の総額は増えないか、むしろ減ってしまう不思議な現象が起こりえます。みんな豊かになりたくて節約しただけなのに、皮肉にもそろって貧しくなる落とし穴にはまるわけです。
物を買ってくれる人がいないので、企業はお金を借りて投資しようとせず、人々もお金を使わずに握りしめたままなので、経済の中でお金がうまく回らなくなります。
もう少し正確に言うと:節約はいつも悪いこと?
もう少し正確に言うと、節約が無条件に悪い行動だという意味では決してありません。経済の状況や時期によって、貯蓄の役割は180度変わるからです。
工場がフル稼働して人手が足りない好景気のときには、貯蓄は優れた土台になります。人々が銀行に預けたお金が、企業の最新設備への投資や技術開発の資金として流れ込み、経済の基礎体力を高めてくれるからです。
一方、仕事が減って工場が止まるような深刻な不況のときには、行き過ぎた貯蓄がかえって経済をさらに深い停滞へと押し込みます。ケインズは、民間が消費を止めて物が売れないときには、政府が財政支出を増やして雇用を生み出し、需要を補うべきだと考えました。ただし、こうした対応の効果や副作用については、さまざまな見方があります。
結局、大切なのはバランスです。経済が活発なときは貯蓄が成長の燃料になり、経済が凍りついたときは適度な消費が、消えかけたエンジンを回す潤滑油になってくれます。
よくある誤解
貯蓄はいつでもどこでも、個人も国も豊かにする最高の美徳だ。
個人にとっては立派な習慣ですが、不況のときに社会全体が同時に消費を止めて貯蓄ばかりすると、商品が売れず所得が減り、経済がさらに深い停滞に陥ることがあります。
日常で出会う場面
景気後退のニュースを見た会社員たちが外食や旅行をすべてキャンセルした結果、個人経営のお店の廃業が増え、仕事が減ってしまった状況です。
1930年代の世界大恐慌で、消費と投資がそろって冷え込み、工場が相次いで倒産したことが、この原理でよく説明されます。ただし、大恐慌の原因については、金融危機や金融引き締めなど、さまざまな見方があります。
つまり ひとことで
個人の節約は美徳ですが、みんなが一斉に財布のひもを締めると社会全体の所得が減り、そろって貧しくなってしまいます。