定義
プマシは、韓国の農村で、お金のやり取りの代わりにお互いの働き手を貸し借りしてきた協力の習わしです。今日、私が隣人の畑に行って1日働けば、あとでその隣人が私の畑に来て1日を返してくれます。人と人が1日ずつやり取りする方式なので、手伝ったぶんだけ返してもらう貸し借りがはっきり残ります。
友だちの引っ越しを手伝った、あの1日
友だちが引っ越す日に、朝から晩まで荷物運びを手伝ったことはありませんか? その日、友だちはお礼にごはんをおごってくれたでしょう。そして数か月後、自分の家が引っ越すとき、その友だちが何も言わずに来て、1日一緒に過ごしてくれます。
お金が動いたわけではありません。やり取りされたのは、お互いの1日、つまり働ける体と時間です。こうして働き手を貸し、あとで返してもらう方式が、まさにプマシです。
昔の農村では、この1日がとても貴重でした。田植えや収穫のように人手がたくさん要る仕事は、決まった数日のうちに終わらせなければならなかったからです。時期を逃すと1年の農作業が丸ごと揺らぐので、その数日間は人の手が何よりも大切でした。
ところが、村で現金を手に入れるのは難しいことでした。そこで人々は、お金の代わりに自分の1日を預けておいて、あとで取り戻す方法を選んだのです。
1日対1日で数えた方式
プマシの数え方はとてもシンプルでした。基準がお金ではなく、1日だったからです。私が隣の畑で1日働いたなら、隣の人もうちの畑で1日働いてくれれば、それでおしまいです。
おかげで帳簿も契約書も要りませんでした。だれがだれの家に何日行ったかは、村の人がみんな知っていたからです。約束を破れば、次の農繁期にはだれもうちの畑に来てくれない。その事実が、どんな書類よりも強い約束になりました。
ここでいう農繁期とは、種をまいたり穀物を収穫したりで仕事が集中する時期のことです。この時期は1日がそのまま財産のようなものなので、1日を貸すことは大きな助けになりました。
だからプマシは、気のいい人たちの善意というより、お互いが生き残るための約束に近いものでした。1人では3日かかる仕事も、みんなで集まれば1日で終わるので、時期を逃さずに済みます。かけた日数は結局ほぼ同じでも、ちょうどいい時期に終えられることに、それだけの価値があったのです。
もう少し正確に言うと:トゥレとは性格が違います
引っ越しの話に戻ってみましょう。友だちと私のあいだの1日の交換は、2人だけのことです。プマシもこれと同じく、顔見知りの数軒の家が小さな規模で働き手をやり取りする方式なので、参加する人数が少なく、貸し借りもはっきりしています。
一方、村全体がひとつのチームになって、田んぼを順番に回りながら働く方式は、トゥレと呼んで区別されていました。トゥレは村単位の組織に近く、プマシは個人と個人の約束に近いものです。この2つが同じ村で並んで使われることもありました。
もう少し正確に言うと、1日がいつも同じ値打ちで数えられたわけではありません。力のいる仕事といらない仕事があり、手際のいい人と不慣れな人もいたからです。そのため、ある仕事に何日で返すかは、村の事情や人々の暮らし向きによって少しずつ違いました。それでも、手伝ったぶんだけ返してもらうという大原則は揺らぎませんでした。
よくある誤解
プマシは、生活が苦しい隣人をただ助けるだけの無料のボランティアだった。
見返りなしに施すボランティアではなく、貸した働き手をあとで返してもらう交換です。返さなければ、次に助けてもらうのが難しくなりました。
プマシとトゥレは同じ言葉だ。
プマシは顔見知りの数軒の家が小さな規模で働き手をやり取りする方式で、トゥレは村の人々がひとつのチームになり、田んぼを順番に回って一緒に働く組織に近いものです。
日常で出会う場面
キムジャン(冬のキムチ漬け)の日に隣の家へ行って白菜の塩漬けを手伝い、その家のキムジャンの日にこちらも手伝ってもらう場合です。
子育て中の親たちが曜日を分けて、お互いの子どもを一緒に見合う、今どきの育児版プマシです。
つまり ひとことで
お金ではなく自分の1日分の働き手を隣人に貸し、あとでそのぶんを返してもらっていた協力の方式です。