定義
形状記憶合金は、力を加えて一定の範囲で形をゆがめても、ある温度以上に熱すると、最初に覚えていた元の形にひとりでに戻る特別な金属です。たとえるなら、昔の姿を覚えている人が、ある刺激をきっかけに記憶をすっかり取り戻すようなものです。ただし、あまりに大きく変形させると、完全には元に戻りません。
ぐにゃっと曲がっためがねが勝手にのびる魔法
針金やハンガーを手で強く曲げると、曲がったまま形が固まってしまいます。ふつうの金属は強い力を受けると、原子(物質をつくっている基本の粒)が位置を永久にずらして動いてしまうからです。
ところが形状記憶合金でできためがねのフレームは、うっかり踏んづけてぐにゃぐにゃになっても、簡単には折れません。力を抜いた瞬間、まるで時間を巻き戻したかのように元の形にぱっと戻ります。こうしためがねのフレームの多くは、常温でそのまま元の形にはね返るように作られた「超弾性」という性質を使っています。熱を加えて戻す形状記憶効果とは、同じ原理の別の顔です。
形状記憶合金の針金を冷やして曲げると、曲がったままでいますが、温かいお湯に入れた瞬間、元の形にのびます。金属が壊れたのではなく、温度が変わるのを待っていたわけです。このように、外からの衝撃で形が変わっても、ある条件で元の形に戻る性質を形状記憶効果と呼びます。
もう少し正確にいうと:二つの顔をもつ原子の構造
この不思議な現象の秘密は、温度によって金属の内部の原子の並び方がまるごと変わる結晶構造の相変態(状態の変化)にあります。
温度が低いとき、形状記憶合金は、原子が斜めにゆるく組み合わさった「マルテンサイト」というやわらかい状態になります。この状態では、手で力を加えても原子どうしの結びつきが切れるのではなく、層がずれるようにしなやかに傾くので、形が簡単にゆがみます。
ところが、ここに熱を加えて温度を上げると、原子たちは、かたくてきれいに整った格子状の「オーステナイト」という状態へいっせいに変身します。このとき、傾いていた原子たちが最初に覚えていた高温のときの規則正しい位置へ寸分の狂いもなくぴょんと戻り、金属全体が元の姿へ力強く戻るのです。
宇宙のアンテナから体の中のステントまで
形状記憶合金のユニークな性質は、身のまわりだけでなく、宇宙探査や最先端の医療の分野でも大活躍しています。もっとも代表的な材料は、ニッケルとチタンをほぼ半分ずつ混ぜた「ニチノール」という合金です。
宇宙の分野では、アンテナや太陽電池パネルをロケットの中に小さく折りたたんで積み、宇宙で熱を受けると自分で広がるようにする方法が研究され、一部では使われています。折りたたんだ部品を解き放つロック装置に形状記憶合金を使うこともあります。重いモーターを減らせるのが利点です。
人の命を救う病院でも、なくてはならない存在です。狭くなった血管を広げる網状の器具である血管ステントが代表例です。とくに、首や脚のように外から押されやすい血管に使うステントに多く使われます。ごく細く折りたたんだステントを、細い管の中のカバーに収めて血管まで運び、カバーを引き抜くと、体温で弾力が大きくなった合金が元の大きさにぱっと広がり、詰まった血の通り道をすっきりと開いてくれます。
よくある誤解
形状記憶合金は、手で曲げさえすれば、どんな形でも好きなように覚えてくれる。
金属に特定の基本の形を覚えさせるには、摂氏数百度の高温で熱処理をする特別な加工が必要です。適当にいじったからといって、その形がひとりでに記憶されるわけではありません。
日常で出会う場面
曲がっても、力を抜けばまっすぐ元に戻るめがねのフレーム
狭くなった血管の中でカバーを抜くと、体温で大きくなった弾力によってひとりでに広がる自己拡張型の血管ステント
ロケットの中に小さく折りたたんで入れ、宇宙で熱を受けるとひとりでに広がるよう研究されている人工衛星のアンテナ
つまり ひとことで
温度が変わると原子の並びがまるごと変わり、最初に覚えていた形にひとりでに戻る、賢い金属です。