定義
参加者全員の得と損をすべて足し合わせると、合計がちょうど「0(ゼロ)」になる状態のことです。全体の報酬の大きさが最初から決まっているので、誰かが得をすれば、別の誰かが必ずその分だけ損をする、という厳しい競争の構図を指します。
ピザ1枚の大きさは決まっています
ちょうど8切れに切られたピザ1枚を、友だちと2人で分けて食べるテーブルを想像してみてください。ピザ1枚の全体の大きさは、すでに固定されています。もし自分が欲張って5切れ食べたら、友だちは好むと好まざるとにかかわらず3切れしか食べられません。
公平に4切れずつ分けた場合と比べると、自分が余分に得た1切れ(+1)は、友だちが食べ損ねた1切れ(-1)とぴったり対応します。2人の損得を合わせると、きっちり0になりますよね。このように、分ける対象の大きさが固定された場では、誰かの得がそのまま別の誰かの損になります。
スポーツの試合やトランプ、チェスの対局が一番わかりやすい例です。金メダルを首にかけられるのはたった1人で、勝者の喜びと同じだけ、敗者の悔しさが残ります。主催者が取り分を差し引かない賭け事なら、誰かが勝ち取ったお金は、ほかの参加者のポケットから出たものなんです。
経済はゼロサムではないことのほうが多いです
市場での取引や国同士の貿易も、一方が勝てば一方が食われる弱肉強食のゼロサムゲームだと考える人は多いです。でも、現実の経済活動は、ピザの大きさそのものをどんどん大きくしていく過程に近いんです。
たとえば、パンを焼くのが抜群にうまい農家と、服を仕立てるのが得意な仕立て屋さんが出会ったとしましょう。それぞれ得意なことに集中して、市場で公正に交換すれば、2人とも以前よりずっとお腹いっぱいで暖かく暮らせます。こうした自発的な取引は、誰からも奪うことなく、双方をより良い状態にできるんですね。
もう少し正確に言うと、現代の経済は全体で見ればパイ全体を大きくするプラスサムゲームに近いです。技術の進歩と資源の効率的な配分が、新しい価値を生み出し続けるからです。ただし、パイが大きくなっても、全員の取り分がそろって増えるわけではありません。逆に、戦争のように損得をすべて足すと損失のほうが大きくなる状態は「マイナスサム」と呼ばれます。
ゼロサム思考の落とし穴
もちろん、私たちの身の回りには、今でもゼロサムの性格を持つ競争が残っています。定員が限られた難関大学の入試や、会社に1つしかない役員ポストへの昇進は、誰かが受かれば誰かが落ちるという厳しい現実です。
でも、あらゆる人間関係やビジネスをゼロサムでしか見ない「ゼロサム思考」は、とても危険です。同僚の成功を自分の失敗のように思い込み、足の引っ張り合いや嫉妬にはまってしまうからです。
賢い人は、他人のパイを奪い合うより、力を合わせて市場全体を広げる方法を先に考えます。だからこそ、競争に飛び込む前に状況の性格を正確につかむことが、優れた意思決定の出発点なんです。
よくある誤解
あらゆる経済活動や自由貿易はゼロサムゲームだ。
自由な取引や技術の進歩は、パイ全体(生産量)を大きくするプラスサムの構造です。みんなが得をするウィンウィンになることもありますが、増えた分が均等に分配されるとは限りません。
日常で出会う場面
チェスの対局のように、一方が勝てば必ず相手が負ける勝負です(引き分けなら、両者とも得も損もありません)。
主催者の取り分がないと仮定した参加者同士の賭け事(実際のカジノのように手数料がかかると、参加者全体ではマイナスサムになります)や、手数料を除いて見れば一方の利益が相手の損失と等しい先物・オプション取引などがあります。
つまり ひとことで
一方の得が他方の損とぴったり一致して、全体の合計が0になる状態のことです。