定義
ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックとは、最初に相手が断りそうな無理なお願いをしておき、断られた直後に、本来の目的だった小さなお願いを出して承諾を引き出す説得の戦略です。
なぜ断られたあとに、もう一度お願いするの?
デパートの洋服店に入ったときを思い浮かべてみましょう。店員さんが近づいてきて、いきなり30万円(約5,000円ではなく、日本円で約33万円ほど)の最高級レザーコートを勧めてきます。値段にびっくりして手を振って断ると、店員さんはにこやかに微笑んで、隣にかかっている3万円ほどの(約3万3千円)ジャケットを見せてくれます。ここで大事なのは、単なる価格の比較ではありません。同じ店員さんが、断られたあとに一歩引いて譲歩してくれた姿を見せていることです。
このように、相手がとても聞き入れられないような無茶な要求を先に投げかける心理テクニックを「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼びます。訪問販売員が来たときに、家の人が目の前でバタンとドアを閉めてしまう場面から付いた名前です。つまり、最初に出した大きなお願いは、断られることを見越して投げた「おとり」にすぎません。
お願いする人の本当の狙いは、最初の無理な要求ではなく、断られた直後に出す2つ目の小さなお願いです。相手が一歩譲ってくれたら、こちらも何かお返しをしなければ、という気持ちになることがあります。そのため、あとから来る小さなお願いを聞いてしまう可能性が高くなります。
もう少し正確に言うと:この効果を説明するいくつかの仮説
もう少し正確に言うと、この現象を説明する仮説は一つではありません。その中でもっとも広く受け入れられているのが返報性の原理、つまり相互的な譲歩による説明です。相手が「大きな要求から小さな要求へ一歩引いてくれた」と受け取った瞬間、自分もそれに見合った譲歩をしなければ、という強い心理的プレッシャーを感じるからです。
アンカリング効果や対比効果が、別の説明として挙げられることもあります。最初に聞いた30万円が基準になって、3万円がより安く感じられる、という説明です。ただ、この手法を最初に報告した1975年の研究では、大きな要求を、断って譲歩される過程なしにただ聞いただけの場合、効果がはっきり弱くなりました。そのため、対比効果は主な原理とは考えないのが一般的です。
このほか、最初のお願いを断ってしまった申し訳なさ(罪悪感)や、よい印象を保ちたい気持ちで説明する見方もありますが、研究結果は分かれています。効果の大きさも、おおむね小〜中程度で、営利目的のお願いよりも、公益的なお願いのほうが現れやすいという研究があります。
フット・イン・ザ・ドアとは何が違うの?
説得の心理学には、これとまったく逆の向きで働く有名なテクニックもあります。それが「フット・イン・ザ・ドア」です。この方法は、誰でも気軽に聞いてくれるような、ごく小さなお願いから始めます。相手が一度「いいですよ」と承諾すると、少しずつ、本来頼みたかった大きくて負担の重いお願いへと広げていきます。
たとえば、街頭で「シールを1枚貼ってください」と軽く声をかけ、応じてもらえたらアンケートへの記入、さらに定期寄付の申し込みへと進めていくやり方です。一方、ドア・イン・ザ・フェイスは、最初からいちばん大きな要求でぶつかり、そこから下りてくる逆転の発想の戦略を使います。
どちらも相手の同意を得るための優れた道具ですが、突いている人間心理の根っこはまったく違います。フット・イン・ザ・ドアが「自分の行動や考えに一貫性を持たせたい欲求」を刺激するのに対し、ドア・イン・ザ・フェイスは「断った申し訳なさを減らし、相手の譲歩にお返ししたい気持ち」に働きかけます。
よくある誤解
ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックは、最初のお願いさえ大きければ必ず成功する。
最初の要求が常識外れなほど無茶だったり、不誠実に見えたりすると、相手が不快に感じて効果がなくなるどころか、逆効果になることもあります。また、最初に断られた直後にすぐ2つ目のお願いをしないと、効果は大きく落ちてしまいます。
日常で出会う場面
ボランティア団体が「毎週2年間、活動していただけますか?」と尋ねて断られたあと、「では今日だけ、2時間だけ手伝ってもらえませんか」とお願いします。
年収交渉で、希望額よりずっと高い金額を先に提示し、会社が難色を示したら、もともと目標にしていた希望年収まで下げて合意に持ち込みます。
つまり ひとことで
無理な要求を先に出して断られたあと、譲歩するそぶりで小さなお願いを出し、相手の承諾を引き出す説得の戦略です。