定義
グッドハートの法則とは、ある測定指標が管理や評価の「目標」になった瞬間、人々の行動が変わり、その指標が本来測ろうとしていた価値を失ってしまうという経済学の原理です。イギリスの経済学者チャールズ・グッドハートが1975年に金融政策を分析する中で示したもので、いま広く使われている短い言い回し(「指標が目標になると、よい指標ではなくなる」)は、1997年に人類学者マリリン・ストラザーンが整えた表現です。
コールセンターで起きる奇妙なこと
カスタマーセンターのオペレーターの対応の良さと効率を上げようと、会社が「平均通話時間を3分以内に短縮する」ことを最重要目標にしたとします。本来の狙いは、お客さまの無駄な待ち時間を減らして満足度を上げることでした。
ところが、この評価は思いもよらない結果を生みました。複雑で難しい問い合わせが来ると、オペレーターは丁寧に説明するよりも、電話を急いで切るようになったのです。通話時間という統計の数字はみごとに改善しましたが、お客さまの不満はむしろ大きく爆発しました。本当の目標だったお客さま満足は消え、測定指標である数字合わせだけが残ったわけです。
このように、人は評価や報酬がかかった数字を与えられると、その数字をいちばん楽に満たす方向へ行動を変えます。その過程で、本来めざしていた本当の目的が崩れてしまうのです。
もう少し正確に言うと:経済政策のジレンマ
この法則はもともと、イギリスの中央銀行の顧問だったチャールズ・グッドハートが、金融政策の限界を指摘して生み出した考え方です。当時のイギリスの金融当局は、物価を安定させるために、市中に出回っているお金の総量(マネーサプライの指標)を管理目標にしました。
当局が特定のマネーサプライの指標を抑え込むと、金融市場では、規制をかいくぐる新しい金融商品や取引の方法が生まれました。監視している数字は抑えられたように見えても、その数字はもう以前のようには経済活動をうまく映さなくなりました。指標を統制の目標にしたとたん、指標と現実のあいだにあったこれまでの統計的な関係が崩れたのです。
人はばかではないので、政策のルールが変われば、自分の利益に合わせて反応します。そのため、過去のデータだけを見て立てた政策目標は、簡単に外れてしまいます。
なぜ数字にこだわると副作用が出るのでしょうか?
私たちは、複雑な現実を管理するために、わかりやすい数字を指標にします。学生の学習能力をテストの点数で測ったり、研究者の力量を発表した論文の本数で見積もったりする、といった具合です。数字で現象を観察すること自体には、何の問題もありません。
けれども、その数字に昇進・ボーナス・罰則といった報酬が結びついた瞬間、問題が起こります。研究者が論文の本数で評価されると、深みのある優れた研究をひとつじっくり掘り下げるより、内容を細かく分けて何本にも切り分けて発表することが起きます。中身ではなく見かけばかりを大きくする、手段と目的の逆転現象が起こるのです。
けっきょく、グッドハートの法則を乗り越えるには、たったひとつの指標にしがみつかないことが大切です。数値の裏に隠れた本当の価値もあわせて見て、評価の方法を柔軟に整えていく必要があります。
よくある誤解
グッドハートの法則は、指標や統計そのものが役に立たないという意味である。
指標そのものが悪いわけではありません。指標を「評価と統制の目標」にして報酬を結びつけたとき、人々が行動をゆがめることが問題なのです。現象を観察するための純粋な統計指標は、今でもとても役に立ちます。
日常で出会う場面
消防士の出動時間の短縮だけを評価の基準にすると、安全装備を十分に持たずに出発するなどして、現場の危険が高まるおそれがあります。
ソフトウェア開発者の成果を「書いたコードの行数」で評価すると、無駄に長くて複雑なコードを書くようになるかもしれません。
つまり ひとことで
測定指標が報酬や統制の目標になると、人々の抜け道探しや戦略的な行動によって、その指標は本来の価値を失います。