経済

モラルハザード

頑丈な傘があるからと雨の道を駆け抜けて、隣の人に水しぶきを浴びせてしまうようなものです。

定義

モラルハザードとは、リスクから守ってくれる安全装置ができたとたん、人が自分で気をつけることをやめ、無責任に振る舞ってしまう経済現象です。不注意で生じた損害を、他の人や社会が肩代わりすることになるために起こります。

自分のお金が減らないから、気をつけなくなる

レンタカーを借りるとき、事故を起こしても修理費を全額負担してくれる完全補償の保険に入ったと想像してみてください。自分の車なら、狭い路地もそろそろと走り、駐車も慎重にしますよね。でも、車をこすっても自分の財布からはお金が出ないと思うと、段差を乱暴に乗り越えたり、荒っぽく運転したりしやすくなります。

このように、リスクから守ってくれるはずの保護の壁が、かえって人の警戒心を解いてしまう現象のことです。自分のミスで事故を起こしても負担はないので、危険を避けようとする努力そのものを減らしてしまうのです。

結局、車が壊れて生じた修理費は、レンタカー会社と保険会社がそっくり背負うことになります。そして増えた損害は、翌年にはすべての利用者のレンタル料や保険料の値上げにつながりやすくなります。

自分のほんの一瞬の気楽さと油断が生んだ請求書を、何の落ち度もない社会全体で分け合って支払うことになるわけです。

もう少し正確に言うと:情報の非対称性

もう少し正確に言うと、モラルハザードは、人柄の悪い人のずる賢い行いだけを指すのではありません。経済学では、契約を結んだあとの、お互いが持つ情報の差、つまり情報の非対称性から生じる構造的な問題として分析します。

契約前にはしっかり吟味していても、いったん契約書に判を押してしまえば、相手が見えないところでどれだけ誠実に動いているかを24時間監視することはできません。会社のオーナーが、お店や会社の運営を専門の経営者に任せたときにも、まったく同じことが起こります。

経営者は、会社を堅実に育てるよりも、自分の名声を高めたり短期の成果報酬を手に入れたりするために、危険きわまりない事業に会社のお金をつぎ込むかもしれません。これを経済学ではプリンシパル・エージェント問題(本人・代理人問題)と呼びます。

仕事を任せた側は、結果が出るまで代理人の本当の努力を知りきれないため、代理人がこっそり本人の利益よりも自分の利益を優先してしまうのです。

モラルハザードを止める経済のブレーキ

経済学は、こうした無責任な行動を防ぐために、道徳の教科書のような説教ではなく、賢い制度上の仕組みを用意しました。もっとも代表的なのが、レンタカーや火災保険に組み込まれている「自己負担額」の制度です。事故で損害が出ても、損害のうち一定の金額や割合は本人が自分で払うように設計するのです。

修理費の一部でも自分のポケットから出ていくなら、人は自然とハンドルをしっかり握り直します。損害の一部をいっしょに背負わせることが、油断を止める効果的なブレーキになるわけです。

企業でも、経営陣に自社株やストックオプションを報酬として与える制度が広く使われています。会社の価値が下がれば代理人の取り分も減るようにして、オーナーと同じ目標を見つめるよう促す戦略です。ただ、ストックオプションは損失のリスクよりも株価上昇の利益のほうが大きいため、かえって危険な投資をあおりかねないという指摘もあります。

結局、モラルハザードを解く鍵は、善意に訴えることではなく、自分の選択に自分で責任を持たざるをえない仕組みを設計することにあります。

よくある誤解

誤解

モラルハザードは、悪い心を持った不道徳な人にしか起きない。

事実

人間性の問題ではなく、仕組みとインセンティブの問題です。損害の責任を他の人が肩代わりしてくれる環境なら、ごく普通の善良な人でも、無意識のうちに注意を怠るようになります。

日常で出会う場面

  1. 完全補償の車両保険に入ったレンタカーを、悪路で荒っぽく運転することです。

  2. 政府が税金で救ってくれるから潰れないと信じて、銀行や大企業が借金をしてまで過度に危険な投資に飛び込むケースです。

つまり ひとことで

自分のミスの責任を他人が肩代わりしてくれると、人は注意を怠ってしまう現象です。損害の一部を自分で負担させる仕組みで防げます。

この概念が登場するストーリー

作成 2026-03-02 更新 2026-10-16 検証 2026-10-16