定義
ミセス・ワタナベ(ワタナベ夫人)とは、日本の極端に低い金利を避けて、海外の高金利の資産や外国為替市場に積極的に投資する「日本の個人投資家たち」を指す経済用語です。日本でもっともありふれた姓のひとつ「ワタナベ」と、昔ながらに家計をきっちり管理していた主婦のイメージを組み合わせて呼ばれるようになりました。
なぜ日本の個人投資家は世界の市場の大物になったのでしょう?
近所の銀行に100万ウォン(約10万円)を1年間おとなしく預けたのに、利息がたった100ウォンしかつかなかったら、誰だってがっかりしますよね。日本は1990年代初めにバブル経済がはじけて以来、長いあいだ深刻な不況に苦しみました。景気を立て直すため、日本政府と中央銀行は、金利をほぼ0%にまで引き下げる超低金利政策を長く続けたのです。
この時期の日本には、夫が稼いできた給料を妻がまるごと預かってやりくりする家庭が多くありました。ところが、銀行に預けても利息はほとんどつかず、物価や生活費を考えると、お金の価値は事実上足踏みするか、目減りしていくような状態でした。
やがて、もどかしさを感じた個人投資家たちは、近所の銀行の扉を出て、視野を世界へ広げはじめました。インターネットが普及すると、家のダイニングテーブルに座ったままパソコンで、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカなど、利息をずっとたっぷりくれる国の通貨や債券を買いはじめたのです。このように円を海外の高金利資産に移して運用する個人投資家たちを、イギリスの経済誌『エコノミスト』をはじめとする海外メディアが「ミセス・ワタナベ」と呼んだことで、この名前が広く知られるようになりました。ただし、名前とは違って、実際の日本の個人の外国為替投資家は30〜50代の男性会社員が大半だという調査もあります。
円キャリートレードという強力な武器
ミセス・ワタナベたちが世界的な注目を集めた最大の秘訣は、「円キャリートレード(Yen Carry Trade)」という投資手法にありました。ここでの「キャリー(Carry)」とは、資産を持ち続けることで得られる利息収入のことです。つまり、金利が底の日本円で資金を調達し、金利がはるかに高い別の国の通貨や債券に投資して、その差額をそっくり手にする戦略です。
たとえば、日本で年0.1%という格安の利息で円を借りたり両替したりして、年5.0%の利息がつく外国の安全な国債を買ったとしましょう。為替レートが変わらなければ、投資家は両国の金利差である年4.9%ぶんの利益を、毎年手にすることができます。
最初は普通の個人による少額の投資でしたが、何百万人ものお金が集まると、その威力は想像を超えるほど強大になりました。とくに、小さな証拠金を預けるだけで何倍ものお金を動かせる「外国為替証拠金取引(FX取引)」を積極的に活用したことで、彼らは国際外国為替市場で無視できない勢力として注目されるようになったのです。
もう少し正確にいうと:為替変動という恐ろしい落とし穴
もう少し正確に押さえておきたいのは、この投資がリスクのないタダ取りの収益ではないという点です。この手法のいちばん怖い伏兵が、「為替レートの急な変化」です。
海外から毎月しっかり利息を受け取っていても、投資先の国の通貨の価値が暴落したり、反対に円の価値が急に跳ね上がったりすると、莫大な損失が出てしまいます。あとで借金を返すときや、日本にお金を戻すときには、値上がりした円に両替し直さなければならないので、それまでに稼いだ利息よりも為替の損失のほうがはるかに大きくなることがあるのです。
そのため、日本銀行が政策金利を引き上げる気配を見せたり、世界経済が不安定になったりすると、ものすごい緊張感が走ります。ミセス・ワタナベをはじめ、円を借りて使っていた投資家たちが、損失を避けようと海外資産を一斉に売って円に戻る「キャリートレードの巻き戻し」に動くことがあるからです。この巨額の資金が引き潮のように抜けていくと、世界の株式市場や為替市場が一瞬で大きく揺れるバタフライ効果が起こることもあります。
よくある誤解
ミセス・ワタナベは、実在する特定の日本人主婦ひとりの名前だ。
特定の個人ではなく、1990年代以降に海外の高金利資産へ投資してきた日本の個人外国為替投資家全体を象徴する、経済用語の代名詞です。
日常で出会う場面
日本の超低金利の時代に、オーストラリアやニュージーランドの高金利の債券へ集中的に投資して、高い利息収入を得た例が代表的です。
日本銀行が金利を引き上げたときに、海外に出ていた資金が日本へ急激に引き戻され、世界の株式市場が揺れる場面で、ミセス・ワタナベのような個人投資家の影響力も一緒に語られます。
つまり ひとことで
ミセス・ワタナベとは、底の水準にある日本の金利を避けて、海外の高金利資産や外国為替に投資する日本の個人投資家たちのことです。