定義
あらかじめ決められている選択肢をそのままにする方向へ、人々の選択が大きく傾く現象です。変えるには、何がよりよいかを考えて手も動かさなければならず、その小さな手間が思ったより高いハードルになります。だから、何を初期設定にしておくかが、全体の結果を変えてしまいます。
新しいスマホの着信音を変えない理由
新しいスマホを起動すると、着信音と壁紙がすでに決まっています。気に入って選んだわけでもないのに、何か月たってもそのままのことが多いものです。教室で着信音が鳴ったとき、何人もがいっせいにかばんの中を探したことがあるかもしれません。
変えるのが難しいからではありません。設定を開いて、リストを眺めて、いくつか聞いてみて、決めれば終わりです。ところが、その短い手順のたびに、「今すぐやらなきゃいけないかな」という考えがするりと入り込んできます。
選択肢をひとつ選ぶのにも、時間と注意力が要ります。一日のうちに決めることが多いほど、その余裕は減っていきます。だから私たちは、すでに決まっているほうをそのままにしておく選択を、よくしてしまうのです。
着信音よりずっと大きな選択でも
同じ力は、着信音よりはるかに大事な場面にも現れます。アプリに登録するとき、広告を受け取るというチェック欄にあらかじめチェックが入っていると、そのまま次の画面へ進む人が多くいます。そのため欧州連合司法裁判所は2019年に、あらかじめチェックされた欄で得た同意は有効な同意とは認められない、と判断しました。
動画アプリの次のエピソードの自動再生もそうです。オンになっているのが初期設定だとオフにする人は少なく、オフになっているのが初期設定だとオンにする人は少なくなります。人々の好みが変わったのではなく、出発点が変わっただけなのです。
アメリカのある会社が、新入社員の企業年金への加入を初期設定に切り替えたところ、自分で申し込まないと入れなかった頃より、加入者が大きく増えた、という有名な研究もあります。同じ人たち、同じ条件なのに、出発点がひとつ違うだけで結果が変わるのです。
初期設定が「ふつうはみんなこうする」というサインとして読まれることも、一因です。決めてくれた側が、おかしなものを選んでおくはずはないだろう、と信じる気持ちです。
もう少し正確にいうと
着信音を結局は自分の好みに変える人も、たくさんいます。初期設定は選択を押しつける強制ではなく、何もしなければ決まってしまう方向にすぎません。引っかかることがあれば、人は進んで設定を開きます。
そのため、この力は二つの場合に弱まります。ひとつは、結果がとても重要なときです。大金がかかった契約なら、あらかじめチェックされた欄もひとつずつ確かめるようになります。もうひとつは、変えるのがとても簡単なときです。最初の画面にボタンひとつで置かれていれば、ハードルは低くなります。
ですから、何を初期設定にするかは、作る側の選択です。利用する人にとって得になるほうを初期設定にすれば、やさしい手助けになり、こうした仕掛けをそのように使うことをナッジと呼びます。逆に、売る側だけに得になるほうを初期設定にすれば、そっと損を押しつける、ごまかしになってしまいます。
よくある誤解
初期設定をそのままにするのは、人が怠け者だからだ。
注意力や時間に限りがあるために起こる、自然な反応です。しかも初期設定は、「ふつうはこうする」というおすすめとしても読まれます。
いつでも変えられるのだから、何を初期設定にしても結果は同じようなものだ。
変えられるとしても、実際に変える人は多くありません。だから、初期設定をどちらに置くかによって、全体の結果は大きく変わります。
日常で出会う場面
登録画面に広告の受け取りへの同意があらかじめチェックされていると、読まずにそのまま進む人が多くいます。
動画アプリの自動再生が最初からオンになっていると、オフにしないまま次のエピソードまで続けて見てしまいます。
つまり ひとことで
あらかじめ決めてあるほうがそのまま選ばれやすいので、出発点をどこに置くかが全体の結果を大きく変えてしまう現象です。