定義
契約書や給与明細に書かれた給与の額面(税引き前)から、物価の変動による影響を差し引いて計算した本当の労働の対価です。給与の額面が変わらなかったり少し上がったりしても、それ以上に物価が急激に上がれば、実際に購入できるモノやサービスの量は減ってしまうため、「実質賃金が低下した」と表現します。
給料は上がったのに、なぜ暮らしは苦しいのでしょうか?
給与明細に書かれた額面30万円のように、貨幣で表示された金額を経済学では名目賃金と呼びます。その名の通り、契約書や明細書に記されたお金の額面通りの金額を意味します。もしこの金額が30万円から33万円へと10%上がれば、誰だって嬉しくなるはずです。
しかし、私たちが汗を流して働く本当の理由は、紙幣という紙切れを集めるためではありません。ご飯を食べ、電車やバスに乗り、あたたかい家で暮らすためにお金が必要なのです。もし給料が10%上がる間に、食費や交通費、家賃がすべて20%ずつ値上がりしてしまったらどうなるでしょうか?
口座残高の数字は確かに増えているのに、毎月買える食品や服の量は去年よりもかえって減ってしまいます。このように、お金の表面的な金額ではなく「そのお金で実際にどれだけのモノを買えるか」を測った価値が購買力であり、この購買力を基準に計算した給料が「実質賃金」なのです。
結局のところ、暮らし向きが良くなったかどうかは通帳の残高を見るだけではわかりません。物価が上がったスピードと自分の給料が上がったスピードを並べて比較して初めて、本当の「お財布の力」が見えてきます。
物価という虫眼鏡でのぞく、自分のお財布
実質賃金の計算方法は、思いのほかとても直感的です。口座に振り込まれる名目賃金を物価指数で割って求めます。もし物価が1年でちょうど2倍に跳ね上がったとしたら、自分の給料もきっちり2倍になってようやく、実質賃金が現状維持できたことになります。
多くの人は、口座に入ってくる数字が増えると「前より豊かになった」と感じてしまいがちです。経済学者たちはこの錯覚を貨幣錯覚と呼んでいます。お金の実質的な価値が下がっているにもかかわらず、表面上の数字が増えたことに目を奪われてしまう心理的な罠です。
だからこそ、働く側と企業は毎年の賃金交渉の場で激しい駆け引きを繰り広げます。働く側にとっては、単に給料の額面が何パーセント上がったかよりも、物価上昇率を上回る賃上げ率を勝ち取らなければ、実際の生活水準が下がってしまうからです。
もし物価が5%上がったのに賃上げが3%にとどまったなら、会社側は給料を上げてあげたと言うかもしれませんが、社員の実質賃金は約2%削られたのと同じです。物価の変動がそれほど大きくないときは、このように賃上げ率から物価上昇率を差し引くことでおおよその見当がつきます。
もう少し詳しく知ると見えてくること
ニュースでは実質賃金が上がったと報じられているのに、スーパーで買い物をするたびにお財布事情が厳しく感じられるのはなぜでしょうか。公的統計で使われる消費者物価指数は、国民全体が消費する数百品目の平均値です。一方、日常的によく買う食料品や外食費が平均以上に値上がりしていると、私たちが肌で感じる体感物価は公式の統計よりも高く感じられることがあります。
実質賃金は、個人の暮らしだけでなく、国全体の経済の動きにも極めて大きな影響を与える重要指標の一つです。多くの国民の実質賃金が減ると、人々は不安から外食を控え、財布の紐を固く締めてしまいます。個人消費が冷え込むと飲食店や商店の売上が落ち、企業も設備投資を控えるようになるため、景気全体が後退してしまうおそれがあります。
反対に、実質賃金が健全に伸びていけば、働く人の暮らしにゆとりが生まれ、消費が活発になって企業も潤うという好循環が生まれます。もっとも、景気は生産性や雇用動向など多様な要因が絡み合って動くものです。そのため、一国の経済の通信簿を読み解く際は、平均月収の額面が増えたかどうかだけでなく、実質賃金の推移にも目を配ることがとても大切です。
よくある誤解
年収が5%上がったなら、去年よりも絶対に暮らしが豊かになったと言える。
物価が6%上がっていた場合、実質賃金はむしろ約1%減った計算になるため、実際に買えるモノの量は去年よりも少なくなってしまいます。
日常で出会う場面
給料が3%上がったものの、食費や交通費が5%上がったために外食を控えるようになる状況です。
最低賃金の時給が上がっても、それ以上に物価が高騰すれば、アルバイト店員の実際の購買力(実質所得)はかえって目減りすることがあります。
つまり ひとことで
実質賃金とは、給与明細に書かれた数字そのものではなく、物価変動の影響を差し引いて「実際に購入できるモノやサービス」の本当の価値を測った賃金のことです。