定義
街の下水をくみ取って、その中に病原体の痕跡が混じっているかを調べる監視です。病院に行かなかった人のぶんもいっしょに流れ込んでくるので、検査の統計が取りこぼした部分を埋められます。ただし、病原体が便・尿・唾液などに混じって下水に流れ込む病気でしか使えません。
病院に行かなくても、街の流行がわかる方法
体がぞくぞく寒くて具合が悪いとき、私たちは体温計で熱を測ります。下水サーベイランスは、この体温計を人ひとりのわきの下ではなく、街全体の下水管の奥深くに差し込むことに似ています。
病気によっては、病気を起こす相手がせきだけでなく、便や尿、唾液などに混じってもいっしょに出てきます。ポリオを起こすウイルスがそのタイプです。逆に、そのように出てこない病気には、この方法は使えません。症状が軽くて病院に行こうと思わない人や、見た目にはまったく症状がない無症状の感染者も、毎日トイレを使い、水の中に病原体の痕跡を残します。
個人が自分で病院に行って検査を受ける方法だけでは、街全体の本当の状況をすべてとらえるのは難しいものです。検査を受けていない大勢の人が統計から抜け落ちてしまうからです。けれども下水管につながっている家なら、検査を受けていない人の痕跡も水といっしょに流れてきます。だから下水を調べると、統計が取りこぼしたぶんまで見当をつけられます。
数日早く危険を知らせる早期警報
感染症にかかったときの流れを思い浮かべてみましょう。病原体が体に入ってから症状が出るまでには時間がかかります。そして、具合の悪い体で病院に行って検査を受け、その結果が保健当局に登録されるまでには、さらに数日かかります。
でも、トイレの水を流した瞬間から、病原体の遺伝物質はわずか数時間で排水管を通って下水処理場に届きます。患者さんが熱を出し始めて病院の扉をたたくより前に、すでに水の中には病原体の痕跡が集まっているわけです。
そのおかげで、保健当局は病院の診療記録より数日早く流行が増えるサインをつかめます。遠い海から寄せてくる波を見て台風に備えるように、ある地域で患者があふれ出す前に、病床を確保し、治療薬を準備するための貴重な時間をかせいでくれます。
もう少し正確にいうと:患者調査と手を取り合う二本の道
下水サーベイランスはどんなに速くても、ひとりで防疫のすべての問題を解決できるわけではありません。下水処理場の水からウイルスが出たことはわかりますが、そのウイルスが具体的にどの家のだれから出たのかは、指し示せないからです。試料をくむ場所をしぼれば、地区や建物の単位までは範囲を狭められます。しかしその中のだれなのかは、人を別に検査しなければわかりません。確定した患者ひとりの行動をたどる接触者追跡のように、個人を直接見つけ出すことはできません。
そこで公衆衛生学では、病院を訪れた患者を診察する臨床サーベイランスと、下水を調べる環境サーベイランスを、ひとつの監視体制の二本の道としていっしょに運用します。ポリオのような病気を完全になくす根絶は、方法の名前ではなく、その道の先にたどり着く最終的な状態です。そこへ至るために、足がまひした患者をくまなく探す臨床サーベイランスと、下水管の水を調べる環境サーベイランスが、並んで歩調を合わせます。
監視のいちばん鋭いポイントは、広がっている病気を数えるだけにとどまりません。私たちのそばに病気がまったくないことを証明する作業も、監視の核心です。下水サーベイランスは、表に出てこない感染者が隠れていないか街全体を確かめ、病気がないことを証明する頼もしい支えになってくれます。
よくある誤解
下水サーベイランスを使えば、水をさかのぼって、ウイルスを出した特定の個人の家の住所までわかる。
下水サーベイランスは、数千から数百万人の生活排水が合わさった水を分析する匿名の検査です。特定の個人を摘発することはできず、地域社会の全体的な流行の傾向だけをつかみます。
下水サーベイランスが導入されると、病院で患者を検査し診療する体制は完全に取って代わられる。
下水サーベイランスは流行の流れを広く見るための道具にすぎず、患者を直接治療することはできません。病院の患者を診察する臨床サーベイランスと、下水を調べる環境サーベイランスは、互いに助け合う二本の道です。
日常で出会う場面
街の下水処理場の病原体の濃度を続けて測り、病院の集計が上がる前に流行が大きくなる気配を先に読み取ること
ポリオを追い出す過程で、まひの患者を探す調査とあわせて下水管の水を検査し、その地域でウイルスがもう出てこないかを確かめること
街の下水を定期的に分析して、抗生物質が効かないスーパー耐性菌が現れていないかを監視する研究
つまり ひとことで
街の下水に混じった病原体の遺伝物質を分析して、無症状の人まで含めた全体の流行の傾向を数日早くつかみ、病気がないことを証明する監視の手法です。