定義
基本的帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)とは、他人の行動の原因を考えるとき、その人が置かれた環境や状況といった外的要因を実際より軽く見て、性格や能力といった内的要因を実際より大きく見てしまう心理的な偏りです。失敗だけでなく、良い行動や成功を見るときも、状況よりも性格・能力を過大に見積もる傾向が現れます。
なぜ他人のミスは「性格のせい」に見えるのでしょうか?
待ち合わせに30分遅れてきた友達を見ると、私たちは心の中で「この人はもともとだらしなくて、時間にルーズなんだ」とつい決めつけてしまいがちです。
でも実際には、家を出てすぐエレベーターに閉じ込められたのかもしれませんし、道で倒れていたお年寄りを助けていて遅れたのかもしれません。それなのに、なぜ私たちは友達のやむを得ない事情よりも先に、性格を疑ってしまうのでしょうか。
その理由は「観察の焦点」にあります。他人を見るとき、その人自身が視界のど真ん中に大きく入ってきます。一方で、その人が通ってきた周りの環境や目に見えない状況は、背景のようにぼんやりと埋もれてしまいます。そのため私たちは、目の前の結果を最も直感的に説明してくれるその人の人柄や性格のせいにして、手軽に結論を出してしまうのです。
自分が遅れたときは、なぜ状況の説明が増えるのでしょうか?
面白いことに、自分が約束に遅れたときは、まったく逆の心の回路が働きます。
「今日に限って道がやけに混んでいて」「よりによって乗っていた電車が止まって」というように、徹底的に周りの環境のせいにします。自分の中では「自分がだらしない人間だから」という結論はほとんど出てきません。
こうした違いが生まれるのは、自分の視線が外の世界に向いているからです。自分が経験した渋滞、慌ただしかった出発準備、予想外の邪魔といったものは、頭の中でとても鮮明で、納得のいかない情報として残っています。
このように、他人の行動はその人の性格のせいに、自分の行動は状況のせいにして説明する傾向を行為者-観察者バイアスと呼びます。自分の失敗だけを状況のせいにして成功は自分の手柄と考える自己奉仕バイアスとは別の概念です。同じミスを前にしても、自分がどの立場に立っているかによって、違うものさしを当ててしまうわけです。ただし、この差が実際にどれほど大きく現れるかについては、研究によって結果が分かれています。
もう少し正確に言うと
基本的帰属の誤りは、私たちの人柄が悪いから、あるいは自己中心的だから犯してしまう過ちではありません。
よく挙げられる説明はこうです。人は多くの情報を扱うなかで、考える手間を省こうとする傾向があり、目の前の行動を見てすぐその人の性格に結びつける判断は、速くて経済的です。一方、目に見えない複雑な外的状況までいちいち想像して推理するのは、注意力と思考の労力がより多く必要なことなのです。
とはいえ、この誤りに振り回され続けると、周りの人と不要な誤解を重ね、関係を壊してしまいやすくなります。誰かの不器用な行動やミスが目について腹が立ったときは、急いで決めつける前に立ち止まってみましょう。「自分の知らない、あの人なりのやむを得ない事情があったのかもしれない」と、意識的に考えを一歩引いてみる習慣が、人間関係をぐっと寛容にしてくれます。
よくある誤解
基本的帰属の誤りは、他人を貶めようとする意地悪な気持ちから生まれる。
道徳の問題ではなく、脳の情報処理の仕方によるものです。他人の見えない状況よりも、目の前に見える行動のほうがはるかに強く迫ってくるため、多くの人が自然に陥る認知バイアスです。ただし、文化によってその程度が異なるという研究もあります。
日常で出会う場面
運転中に突然割り込んできた車を見て「乱暴な運転手だ」と非難しますが、実は急病人を病院へ運んでいる最中かもしれません。
同僚が会議で発言しないと「消極的な性格だ」と決めつけますが、実際には前日にひどい風邪をひいて声が出ない状態かもしれません。
つまり ひとことで
他人の行動の原因を考えるとき、周りの状況は軽く見て、その人の性格や人柄のせいにしすぎてしまう心理的な偏りです。