定義
自分がすでに正しいと信じている考えや仮説にぴったり当てはまる情報ばかりを探し集め、それに反する事実や証拠は見落としたり軽く見たりしてしまう心理的な偏り(バイアス)のことです。 脳が「自分の考えは正しい」という証拠ばかりをひいきして受け取るために起こる、代表的な認知的錯覚のひとつです。
自分の考えが正しい証拠ばかりが目に飛び込んでくる
あるアーティストの熱烈なファンになったときのことを想像してみてください。その人の素晴らしい善行のニュースや歌唱力を称賛するコメントはすぐに目につき、長く記憶に残ります。一方で、実力不足を指摘する意見や批判記事を見ても「どうせアンチのやっかみだろう」と軽く流してしまいがちです。
血液型や星座占いを信じるときにも同じことが起こります。「A型は几帳面で慎重だ」という話を信じている人は、身近なA型の友人が机の上をきれいに片付けている姿ばかりをよく覚えています。逆に、その友人が思い切りよく決断を下したり、大雑把に行動したりした無数の瞬間は、頭の中からきれいに消し去ってしまうのです。
このように、私たちは世界をありのまま公平に観察しているのではなく、すでに頭の中にある枠組みに合わせて都合よく選んで見ています。自分が正しいと信じていることを裏付けてくれる情報にばかり磁石のように引き寄せられる現象こそが、確証バイアスです。
この落とし穴にはまると、間違った思い込みであっても時間が経つにつれてますます強固になり、後から明らかな反対の証拠を突きつけられても考えを改めるのが難しくなってしまいます。
なぜ私たちの脳は反対の情報を嫌がるのでしょうか?
脳は情報を素早く効率的に処理するために「思考の近道」を使う傾向があります。また、自分の信じていることが間違っていると突きつけられると、心に居心地の悪さを覚えます。これを「認知的不協和」と呼びます。「信じたい方向に考えを導きたい」という気持ちも重なり、自分の考えを改めることは面倒でつらい作業になりがちなのです。
そのため、脳は一番手っ取り早い近道を選びます。今ある信念を守ってくれる情報だけをつまみ食いして、「やっぱり自分の予想通りだった!」と満足感を得ようとするのです。反対の証拠を目にすると、自分が間違っていたという現実に向き合いたくなくて、本能的に目を背けてしまいます。
つまり確証バイアスは、人がわざと嘘をついたり頑固になったりするために起こる悪い癖ではありません。脳が情報を処理するときに自然と現れる無意識の傾向に近いものです。感情的な思い入れのない、単純な数字当てクイズのような問題でさえも現れるほどです。
しかし、この傾向を放置していると、現実とかけ離れた誤った判断を下したり、他者とのコミュニケーションで大きなすれ違いを生んだりしやすくなります。
もう少し詳しく:アルゴリズムが虫眼鏡をさらに分厚くする
現代のデジタル社会では、インターネットやSNSがこの確証バイアスをさらに強めているのではないかと懸念されています。YouTubeや検索サイトの推薦システム(アルゴリズム)は、利用者が普段クリックしたり高く評価した動画と似た傾向のコンテンツを、画面に優先して表示する仕組みになっているからです。
その結果、自分と同じ意見を持つ人たちの声だけが響き渡る狭い部屋に閉じ込められてしまうことがあります。アルゴリズムが好みに合った情報だけを選別して見せることをフィルターバブル、似たような考えの人同士だけで集まって同じ意見が増幅されることをエコーチェンバー効果と呼びます。まるで世界中の誰もが自分と同じ考えを持っているかのような錯覚に陥ってしまうのです(ただし、その影響の大きさについては研究者の間でも意見が分かれています)。
この強力な錯覚から抜け出すための最も大切な第一歩は、「自分はいつでも間違えうる」という謙虚な姿勢を持つことです。重要な決断を下す前には、自分の考えとは正反対の主張をあえて検索して読んでみる習慣が欠かせません。
本当に賢く聡明な人とは、自分の正しさを示す証拠を100個集める人ではありません。自分のロジックにどんな穴があるのかを自ら見つけ出し、喜んで考えを修正できる人なのです。
よくある誤解
確証バイアスは頑固な人や非合理的な人だけに起こる問題だ。
知能や性格に関係なく、すべての人の脳に備わっている基本的な仕組みです。意識して警戒していなければ、誰でも簡単に陥ってしまいます。
日常で出会う場面
新しく買ったスマートフォンの長所ばかりが書かれたレビューを探し、自分の買い物が完璧だったと安心する。
普段から苦手だと感じている人のささいな失言をひとつ見つけて、「やっぱりあの人は問題がある」と決めつける。
つまり ひとことで
見たいものだけを見て、信じたいことだけを信じようとする脳の本能です。