定義
物事がうまくいったときは自分の能力や努力のおかげにし、失敗したときは不運や周りの環境のせいにしてしまう心の働きのことです。プライド(自尊心)が傷つくのを防ぐために無意識に働く自己防衛としてよく説明されますが、他者によく見られたいという気持ちも働いているとされています。
「成功は自分のおかげ、失敗は他人のせい」になる理由
友達とボードゲームをして勝ったときは「自分の戦略が冴えていたからだ」と誇らしくなります。ところが負けてしまうと、「サイコロの運が悪かった」「相手のプレイがいやらしかった」などと、つい言い訳を探してしまいがちです。
私たちは無意識のうちに、良い結果の功績はすべて自分のものにし、悪い結果の責任は外へ押し付けてしまいます。車の運転でも、道が空いていれば「自分のルート選択が完璧だったから」と思い、渋滞に巻き込まれれば「周りのドライバーが不慣れなせいだ」と考えたりしますよね。
スポーツの試合でも、勝てば選手たちの素晴らしい実力のおかげですが、負ければ審判の誤審や天候のせいにしがちです。このように「成功は自分の実力、失敗は周りの状況のせい」と信じてしまう心の偏りを、私たちは日常のあちこちで見かけます。
心が作り出したプライドを守る盾
このような思考の歪みが起きる最大の理由は、私たちの大切な自尊心を守るためです。失敗するたびに「自分が無能だからダメなんだ」とすべて自分を責めていたら、人はすぐに気力を失い、深い挫折感に沈んでしまうでしょう。
都合の悪い責任を外部の環境に向けてしまえば、心の衝撃を和らげ、再び立ち上がる勇気を保てます。言わば、目の前のストレスや傷つきから心を守ってくれる、頼もしいエアバッグの役割を果たしているのです。
しかし、この盾に頼りすぎてしまうと、自分が成長するチャンスを失ってしまいます。自分の足りない部分を振り返らなければ同じ失敗を繰り返すことになりますし、チーム作業で同僚に責任を押し付けて無用な対立を生み出す副作用も招いてしまいます。
もう少し正確に言うと
もう少し学術的に言うと、この現象は心理学でいう「帰属(原因をどこに求めるかという過程)」の非対称性から生じます。同じ人物であっても、結果が良いときは内的要因である能力や努力に原因を求め、結果が悪いときは環境や運といった外的要因に原因を帰するのです。
興味深いことに、自尊心が極端に低かったり抑うつ状態にあったりすると、このバイアスは大幅に弱まるか消滅し、場合によっては「成功は運、失敗は自分のせい」という逆のパターンが現れることもあります。テストで良い点を取っても「たまたま運が良かっただけ」と過小評価し、悪ければ「やっぱり自分には能力がないんだ」と過度に自分を責めてしまう状態です。
したがって、自己奉仕バイアスは一概に悪者というわけではなく、適度な自信を保つための心の緩衝材(クッション)でもあります。ただし、真の成長を果たすためには、うまくいったときこそ周りの協力に感謝し、つまずいたときは「自分自身が改善できること」から振り返る姿勢が欠かせません。
よくある誤解
自己奉仕バイアスは、性格が悪い人や図々しい人だけに現れる現象だ。
道徳性や人柄の問題ではなく、ほとんどの人に共通して見られる心理的傾向です。ただし、文化や年齢、そのときの心理状態によって現れやすさや強さは異なります。
日常で出会う場面
株式投資で利益が出ると「自分の先見の明」のおかげだと誇り、損をすると「相場の地合いが悪かった」と市場のせいにします。
運転免許の試験に受かると「運転のセンスが良いから」と思い、落ちると「試験官の採点が厳しすぎた」と考えます。
つまり ひとことで
成功の要因は自分に、失敗の責任は周りや運に求めることで、自尊心を保とうとする自然な心理的傾向です。