定義
太陽が同じ季節の位置に戻ってくるまでの時間を365日6時間と見積もった暦です。余った6時間を集めて、4年に1日を足す閏年のルールを設けました。ところが本当の1年はこれより少し短く、時がたつほど日付が季節に遅れていきました。
1日に2分ずつ遅れる教室の時計
教室の後ろに掛かっている壁掛け時計が、1日に2分ずつ遅れるとしてみましょう。1日や2日では誰も気づきません。でも1か月たつと、時計は1時間も遅れています。
ユリウス暦は、まさにこんな時計でした。1年の長さを365日6時間と決めていたからです。余った6時間を4年ためると、ちょうど1日になります。そこで4年に1度、2月に1日を足し、その年を閏年と呼びました。
問題は、季節が一巡する本当の時間が、もう少し短いことです。実際は365日5時間49分ほどです。季節がひと回りしても暦はまだ1年を終えていないので、暦は毎年約11分ずつ季節に遅れていくことになりました。
11分という誤差は、1日に2分ずつ遅れる時計よりもさらにのんびりしたものです。人が一生を生きても1日にも満たないほど小さいので、最初は大きな問題になりませんでした。学者たちがずれをはっきり指摘したのは、数百年がたった中世のことです。
11分が積もって10日になるまで
1日に2分ずつ遅れる時計は、1か月で1時間、1年たつと12時間も遅れます。小さな誤差でも、止まらずに積み重なれば、いつかは目に見えるようになります。
暦の11分も同じ道をたどりました。1日は1440分なので、11分が1日分に広がるには130回ほど繰り返す必要があります。つまり130年ほどで、日付が季節に1日ずつ遅れていったわけです。
教会が春分を3月21日と定めていた4世紀(325年のニカイア公会議のころ)から数えると、1000年以上のあいだに、差は10日近くにまで開きました。昼と夜の長さが等しくなる春の日が、暦の上ではどんどん早まっていったのです。季節に合わせて決めておいた日付が、ひとつずつずれ始めました。
そして1582年、新しい暦をいち早く受け入れた地域では、遅れた時計の針をぐいっと進めて合わせるように、春分がふたたび3月21日ごろに来るよう、暦から10日を取り除きました。10月4日の次の日が、いきなり10月15日になったのです。
もう少し正確に言うと
10日を取り除いたからといって、この暦がでたらめだったわけではありません。1日に2分ずつ遅れる時計も、1日だけ使うなら立派な時計です。この暦も、1000年以上にわたってヨーロッパの日付を大きな無理なく導いてきました。
続いて登場したグレゴリオ暦は、この時計のゼンマイをほんの少し巻き直したようなものです。4年に1日を入れるルールはそのままに、100で割り切れる年は閏年から外し、400で割り切れる年はふたたび閏年に戻しました。この手直しだけで、残る誤差はぐっと小さくなりました。
今でも古い暦の日付をあわせて使っている場所があります。2つの暦は数日ずれているため、同じ出来事の日付が資料によって違って書かれることもあります。そこで、昔の暦を旧暦(ユリウス暦)、今の暦を新暦(グレゴリオ暦)と呼び分けることもあります。
どちらが正しい、間違っているという話ではありません。季節と日付をどれだけ細かく合わせるかの違いにすぎません。
よくある誤解
ユリウス暦には閏年がなかったから、日付が季節とずれた。
4年に1日を足す閏年のルールはありました。むしろ、その1日が実際よりほんの少し多すぎたことがずれの原因です。
暦から10日を取り除いた年、人々は10日分を損した。
日付の呼び名を飛ばしただけで、流れた時間が消えたわけではありません。ただし、日数で数える利息や賃金などの計算は、別に調整する必要がありました。
日常で出会う場面
イギリスとその植民地が新しい暦に切り替えた年には、9月の暦から11日がまるごと消えました。
一部の教会がクリスマスを別の日に祝うのは、古い暦の日付にそのまま従っているからです。
つまり ひとことで
4年ごとに1日を足して1年を365日6時間とした暦だったため、毎年11分ずつ季節に遅れていき、春分をふたたび3月21日ごろに合わせるために、ついに10日を取り除くことになりました。