定義
グレゴリオ暦は、現在私たちが日々壁に掛けたりスマートフォンで確認したりしている世界標準のカレンダー(太陽暦)体系です。季節がひと巡りする実際の時間(太陽年)とカレンダーの日付をほぼ完璧に一致させるため、400年間に97回のうるう年(閏年)を設ける精巧なルールで作られています。
時計の針が少しずつ遅れていた時代
毎日11秒ずつ遅れる腕時計を着けて何百年も暮らす様子を想像してみてください。数日なら気になりませんが、数百年も経てば時計の針と実際の昼夜が完全に食い違ってしまいます。グレゴリオ暦が登場する前に西洋で広く使われていた「ユリウス暦」が、まさにそのような時計でした。
ユリウス暦は、1年を365日6時間(365.25日)と定めていました。しかし、春分から次の春分まで、つまり季節がひと巡りするのにかかる「太陽年(回帰年)」は約365日5時間48分46秒(約365.2422日)でした。わずか11分14秒の差に過ぎませんでしたが、この小さなズレが毎年積み重なり、128年ごとにカレンダーが実際の季節より1日ずつ遅れていくことになったのです。
結局16世紀に至るころには、325年のニカイア公会議の時期を基準としてカレンダーが実際の季節の流れより10日も遅れるという深刻な誤差が生じました。かつて3月21日ごろだったはずの春分が、暦の上では3月11日ごろに訪れるようになってしまったのです。教会は復活祭(イースター)の日付を計算する基準として春分を3月21日と定めていたため、宗教的な祝日も農作業の目安もすべて大混乱に陥る危機を迎えました。
1582年、10日間が丸ごと消えた魔法
1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世はこの狂った時計を正すため、歴史上最も大胆な決断を下しました。ニカイア公会議以降に広がった10日分のズレを一気に解消するため、1582年10月4日の翌日をいきなり「10月15日」にすると宣言したのです。この期日にすぐ実施したイタリア、スペイン、ポルトガルなどのカトリック諸国の人々は、一晩眠って目覚めたらカレンダーから10日間が消えていたという奇妙な体験をしました。
次に、今後は二度とズレが累積しないよう画期的なうるう年のルールを導入しました。従来通り「4年に1度、日を加える」うるう年を基本にしつつ、「100で割り切れる年は平年」とし、「400で割り切れる年は再びうるう年」と定めたのです。
例えば、1900年や2100年は4の倍数ですが、100の倍数でもあるため平年となります。一方、2000年は400の倍数なのでうるう年になります。このように400年間にうるう年を3回省くことで、1年の平均の長さを約365.2425日という極めて精密な数値へと見事に一致させました。
もう少し正確に言うと
もう少し正確に言うと、グレゴリオ暦も実際の太陽年の長さと完全に一致しているわけではありません。1年に約26秒ほどの微小な差が今なお存在しています。しかし、この差が積もって丸1日のズレになるには約3300年という長い歳月がかかります。
回帰年の長さ自体も、地軸の歳差運動や地球の自転速度の変動によって少しずつ変化することを考えると、覚えやすい計算ルールと高い精度の間で絶妙なバランスを取った妥協点を見出したと言えます。
公布された当初はカトリック諸国のみが受け入れ、プロテスタントや正教会の国々は導入を長年拒むこともありました。しかし、国際的な貿易や外交、近代化の過程で西洋諸国と日付を合わせる必要性が高まり、次第に多くの国々へと広まりました。今日では、ほぼすべての国が行政や国際交流の標準カレンダーとしてグレゴリオ暦を使用しています。
よくある誤解
太陽暦のうるう年は、例外なく4年に1度必ずやってくる。
基本ルールは4年ごとですが、100の倍数である年は平年としてスキップされ、400の倍数である年だけが再びうるう年になります。そのため、2000年はうるう年でしたが、2100年はうるう年ではありません。
日常で出会う場面
2000年は400で割り切れるため2月29日がありましたが、2100年は2月28日までしかありません。
1582年10月4日(木曜日)に眠りについたイタリアやスペインの人々は、翌朝10月15日(金曜日)の朝を迎えました。
つまり ひとことで
季節の巡る周期(太陽年)と日付のズレを防ぐため、400年間に97回のうるう年を設けるよう精緻に設計された世界標準の暦です。