定義
1年に一度、日中の飲食を控えながら信仰と自制、分かち合いの精神を見つめ直す、イスラム教の神聖な月(ヒジュラ暦の第9月)のことです。この期間中、世界中のムスリム(イスラム教徒)は約1か月にわたり、夜明けから日没まで飲食を断つ断食(サウム)を行います。この断食は、イスラム教徒の基本的な義務である「五行(五つの柱)」の一つに数えられる極めて重要な宗教的実践です。
なぜ太陽が出ている間、断食をするの?
普段何気なく口にしている冷たい水一杯や温かい食事がどれほどありがたいか、空腹を経験してみないと実感するのは難しいものです。ラマダンの断食は、イスラムの「五行(最も重要な5つの義務)」の一つである宗教的義務であり、常に神を意識する信仰心と自制心を養うことが最大の目的です。また、イスラムの聖典『クルアーン(コーラン)』が初めて啓示された月とされ、特別に神聖なものとして守られています。飢えや渇きを自ら体験することで、日常の恵みに感謝し、貧しさや飢えに苦しむ人々の境遇に深く共感するという重要な意味も込められています。
断食の時間帯は、食べ物はもちろん、水一滴さえ口にしません。しかし、単にお腹を空かせることだけが目的ではありません。他人の悪口や嘘をつくこと、怒ったり争ったりするような悪い心の動きも徹底して遠ざけます。言葉や行動の悪癖までも断ち切るわけです。
一日中本能的な欲求をコントロールすることで内面の忍耐力を培い、心を清らかに洗い流します。また、ラマダン期間中は慈善活動が特に推奨されます。断食の月が終わる頃には、貧しい人々へ決められた量の穀物やお金を寄付する義務(喜捨「ザカート・アル=フィトル」)も行われます。自分を謙虚に見つめ直し、他者を思いやる自己を見つめ直す浄化の時間を過ごすのです。
もう少し詳しく見てみると
1か月間ずっと飲まず食わずで、24時間耐え続けなければならないわけではありません。夜明け前の早朝に「スフール」と呼ばれる朝食をしっかり食べ、日が完全に沈んだ後は「イフタール」と呼ばれる夕食を家族や近所の人々と囲んで美味しくいただきます。つまり、空が白み始める夜明けから日没までの間だけ断食を行うのです。
また、健康を損ねてまで無理に断食を強いることはありません。子どもや高齢者、妊娠中・授乳中の女性、病気療養中の人、遠方へ移動している旅人、生理中や出産直後の女性などは、断食の義務が免除・猶予されます。一時的な病気や旅行、生理中の場合は後から抜けた日数分を補って断食を行い、高齢や持病で断食が難しい人は、1日につき貧しい人1人分の食事を施すことで代えられます。子どもにはそもそも義務がなく、妊婦や授乳中の女性の補填方法については法学派によって見解が分かれます。
ラマダンの時期は、私たちが普段使う太陽暦(西暦)で見ると毎年約11日ずつ早まります。月の満ち欠けを基準にするイスラム暦(純粋な太陰暦)に従っているためです。そのため約33年をかけて季節を一巡し、ある年は厳しい猛暑の中で長い断食を行い、別の年は日の短い冬に断食を迎えることになります。
忍耐の先に訪れる分かち合いの祭り
約1か月にわたる長い断食期間が無事に明けると、「イード・アル=フィトル」と呼ばれる盛大で華やかな祝祭が始まります。日本でいうお正月やお盆のように、家族や親戚が晴れ着を着て集まり、お互いに祝福の言葉を掛け合います。
祭りの朝は、まず皆で集まって特別な礼拝(イード礼拝)を行い、その後はごちそうを囲んで近所の人たちと分け合って祝い合います。子どもたちは大人からお小遣いやお菓子、プレゼントをもらって大喜びします。長期間の忍耐を共に乗り越えた仲間同士が、互いを労い、喜びを分かち合う場なのです。
このようにラマダンは、ただ耐え忍ぶ厳しい修行であるだけでなく、毎晩のイフタールや最後のイード祭を通じて、家族や隣人が集いコミュニティの温かな絆を深める大切な時間でもあります。
よくある誤解
ラマダンの期間中は、1か月間ずっと昼夜問わず断食を続けなければならない。
夜明けから日没までの間だけ飲食を断ちます。夜明け前(スフール)と日没後(イフタール)には、家族や近隣の人々と集まって自由に食事を楽しみます。
日常で出会う場面
太陽が出ている昼の間は、喉が渇いても冷たい水一杯すら飲まずに我慢します。
日が沈むと家族みんなで集まり、デーツ(ナツメヤシの実)や温かいスープでイフタール(日没後の食事)を始めます。
1か月の断食が無事に終わると、親戚一同が集まって贈り物を交わすイードの祝祭を楽しみます。
つまり ひとことで
ラマダンは、ムスリムが宗教的義務として日中に断食を行い、信仰心を深めて貧しい人々に思いを馳せ、忍耐と分かち合いを通じてコミュニティの絆を強める特別な1か月です。