定義
傍観者効果とは、周りに人が多くいるほど、一人ひとりが自ら進んで助けようとする可能性が低くなる心理現象です。見ている人の数が増えるほど、個人が感じる責任感が多くの人に分散されてしまうために起こります。
人が多いほど誰も動かなくなる理由
道の真ん中で誰かが突然倒れたところを想像してみてください。もしその場に、あなたと倒れた人の二人きりだったらどうでしょうか? 見て見ぬふりはできず、すぐに駆け寄って119番通報をする可能性が非常に高いはずです。「自分が助けなければ、この人を助ける人は他に誰もいない」という強い責任感を抱くからです。
しかし、周りに何十人もの野次馬がぎっしり集まっていたら、状況は一変します。「自分じゃなくても、そこにいる誰かが通報するだろう」という思いが頭をよぎるのです。自分一人に向いていた100%の責任感が100人に分け合わされ、各自が感じる責任はわずか1%にまで薄まってしまいます。
心理学では、この現象を「責任の分散(責任が多くの人に分かれて薄まる現象)」と呼びます。大勢の中にいると、自分が動かなくても罪悪感を覚えにくくなり、結果として誰もがためらって救助が遅れたり、誰も助け出さないというやるせない膠着状態が生じてしまうのです。
周りの顔色をうかがってしまうもう一つの心理
人が多いときにためらってしまう理由は、責任の分散だけではありません。私たちは緊急事態らしき場面に遭遇したとき、まず周囲の人の表情や反応を確かめようとする癖があります。こうしてお互いの反応をうかがううちに、全員で状況を見誤ってしまう現象を、専門用語で「多元的無知」と呼びます。
実のところ、周りの人たちも心の中では「助けるべきかな?」と強く心配しています。しかし外見上は、慌てていないふりをして冷静な表情を保っているのです。その様子を見た他の人たちは、「みんな落ち着いているから大したことないのだろう」と誤って判断してしまいます。誰もが相手の無表情を見て危険ではないと信じ込んでしまう、一種の集団的な思い込みです。
さらに、自分一人だけ慌てて飛び出して「大げさだ」と言われたり、「ふざけていただけなのに雰囲気を壊した」と冷やかされたりするのを恐れる評価懸念も影響します。恥をかくかもしれないという心配から足がすくみ、その場に立ちすくんでしまうのです。
もう少し正確に言うと:危険を乗り越えて助けを呼ぶ方法
もう少し正確に言うと、傍観者効果は人間が冷酷だったり利己的だったりするから起きるわけではありません。人は誰でも、不確かな状況ではどう行動すべきか周囲の手がかりを参考にしようとする社会的な本能を持っています。この本能が、たまたま裏目に出てしまった結果にすぎないのです。さらに、2019年にオランダ・南アフリカ・イギリスの3都市における219件の防犯カメラ映像を分析した研究(Philpotら)では、喧嘩などのトラブルの10件中9件で誰かが介入していました(仲裁や宥める行動を含む)。この研究では、人が多いほど誰か1人でも介入する確率はむしろ高くなり、危険が明白な状況ではこの効果が弱まるという2011年のメタ分析(Fischerら)もあります。
幸いなことに、この効果の仕組みを知っていれば、いざというときに助けを求める技術として活用できます。緊急時には大声を出すことで、周囲の人に「本当に緊急事態だ」と気づいてもらう助けになります。ただし、不特定多数に向けた「誰か助けてください!」だけでは、責任感が宙に浮いたままで効果が薄いことがあります。
そこで、叫んで注意を引いた後に、特定の一人を具体的に指名してお願いするという方法が有効です。「そこの青いダウンを着た、メガネをかけた方! 119番に電話してください!」と特定した瞬間、分散していた責任感が再びその一人に集中します。指名された人は傍観者ではなく責任ある救助者となり、実際に行動を起こす可能性がぐんと高まるのです。
よくある誤解
傍観者効果が起きるのは、現代人が冷淡で自己中心的だからだ。
人間性が冷たいからではなく、責任感が多くの人に分散され、周囲の顔色をうかがってしまう心理的な錯覚によって起こります。どんなに優しい心を持った人でも、集団の中にいると傍観者になってしまう可能性があるのです。
日常で出会う場面
駅のホームで怪我をした人の周りに大勢の人が集まり、ただ見つめているだけの状況です。
グループチャットで「誰かこれやってくれる人いる?」と呼びかけても、誰も返信しない現象です。
つまり ひとことで
見ている人が多いと責任が分散してみんなが動くのをためらいやすくなりますが、大声で注意を引いたうえで特定の一人を指名して頼むと、助けてもらえる可能性がぐんと高まります。