定義
避けられない失敗や苦痛を繰り返し経験するうちに、後から状況を変えるチャンスが訪れても、自ら諦めてしまう心理状態のことです。苦痛そのものよりも、「自分の力ではどうにもできない」という経験を重ねることで生じやすくなります。
なぜ挑戦することすら諦めてしまうのか?
科学的に完全に実証された事実というわけではありませんが、よく知られた「象のロープ」の寓話があります。まだ子どもの象を頑丈な杭にロープで繋いでおくと、最初は逃げ出そうと必死にもがきます。しかし、どんなに力を振り絞っても杭は抜けず、足首が痛むだけです。結局、子象は何度も失敗を重ねるうちに、逃げようとする行動をやめてしまいます。
月日が流れ、体重が数トンにもなる大人の象になっても状況は変わりません。今やちょっと力を入れるだけで、ロープなど簡単に引きちぎって逃げ出せるほどの力を持っています。それなのに、象はロープを引っ張ってみようとさえしません。幼い頃に「自分の力では決して逃げ出せない」という記憶を深く学習してしまったからです。
このお話は、私たちの心がどのように動くかを実によく表しています。数学のテストで一生懸命勉強したのに毎回赤点だったり、職場でどんな意見を出してもことごとく無視されたりする経験が積み重なると、心の中に「見えない杭」が打ち込まれてしまいます。状況を好転させられる新しいチャンスが巡ってきても、挑戦する勇気すら湧かなくなってしまうのです。
少し詳しく掘り下げると
心理学者のマーティン・セリグマンと研究仲間たちは、体を固定した犬に電気ショックを与える実験を行いました。一方のグループはある行動をとることでショックを止めることができましたが、もう一方のグループは同じショックを受けても自力では止めることができませんでした。
その後、研究チームは犬たちを、低い仕切りを飛び越えさえすればショックを回避できる別の箱へと移動させました。自分でショックを止める経験をした犬たちはすぐに仕切りを跳び越えました。しかし、自力で止められなかった犬たちの多く(約3分の2)は逃げようともせず、ただショックに耐え続けるだけだったのです。苦痛そのものではなく、「自分でコントロールできなかった経験」が決定的違いを生み出したのです。
もう少し正確に言うと、これは脳が怠けていたり臆病だったりして起こるわけではありません。当初セリグマンは「無力感そのものを学習する」と説明していました。しかし2016年、セリグマンとマイヤーは神経科学の進歩を踏まえて理論を改訂しました。長引く苦痛に対して受動的になるのは脳のデフォルト(基本)の反応であり、自分でコントロールできた経験があって初めて、その無力感を抑える方法を学習できるのだと明らかにされたのです。
無気力の罠から抜け出す方法
学習性無力感の最も恐ろしいところは、かつて本当にどうにもならなかった過去の経験が、状況が変わって変えられるはずの「今」にまで尾を引いてしまい、本人の実際の能力に関係なく挑戦を阻んでしまう点です。失敗の原因を「自分の能力不足」や「一生変わらない運命」のせいにしてしまうほど、無気力の沼はますます深くなります。
幸いなことに、「自分の力で状況を変えられる」という感覚は再び学び直すことができます。セリグマンが提唱した「学習性楽観主義」は、失敗を「永久的で自分自身のせい」と捉えるのではなく、「一時的で特定の状況によるもの」と解釈し直す練習です。また、自分の手で結果を変えてみる「小さな成功体験」も、コントロール感を取り戻すための効果的な方法の一つです。
朝起きて布団を整える、本を5分だけ読むといった身近なことでも、「自分が行動を起こして状況を変えた」という実感を得られます。研究でも、こうしたコントロールの経験を積み重ねることが極めて重要だとされています。
よくある誤解
学習性無力感に陥る人は、もともと意志が弱かったり怠け癖があったりする性格だ。
性格や意志の強さの問題ではありません。避けられない失敗や挫折を繰り返し経験すると、脳の自然なストレス反応として誰にでも起こり得ます。ただし、失敗に対する解釈の仕方によってその度合いには個人差があります。
日常で出会う場面
数学の問題をいくら解いても間違え続けた結果、後になって簡単な問題が出題されても最初から諦めて手すらつけなくなってしまう。
会社で提案したアイデアが毎回却下され続けたせいで、後からどんなに素晴らしい企画を思いついても提案しなくなってしまう。
つまり ひとことで
避けられない失敗を重ねると挑戦する力さえ失ってしまいますが、コントロールできる体験を積み重ね、失敗の捉え方を見直す練習をすることで、「自分の力で変えられる」という感覚を取り戻すことができます。