定義
お金を払って物を買いたい人々の意思(需要)と、物を作って売りたい人々の意思(供給)がせめぎ合うことで、市場における価格と取引量が決まるという経済の最も基本的な原理です。価格が上がれば買いたい量は減って売りたい量は増え、価格が下がればその逆に動きます。
オークションのように動く価格のシーソー
限定版スニーカーの抽選に10万人が殺到すると転売価格が高騰し、反対にブームが去って倉庫に山積みになった服は大幅値下げをしてもなかなか売れません。市場では誰かが無理やり値札を決めなくても、買いたい人と売りたい人の力比べによって価格が自然と上下します。
ある価格で実際にお金を払って買おうとする意思や能力を需要、売りたいとする意思を供給と呼びます。買いたい量が売りたい量より多い場合(超過需要)、人々はより高いお金を払ってでも手に入れようとするため価格が上がります。反対に売りたい物のほうが多い場合(超過供給)、売り手は値下げしてでも在庫をさばこうとします。
こうして価格が上下するうちに、買いたい量と売りたい量がぴったり一致する地点にたどり着きます。これを経済学では均衡価格と呼びます。
価格は人々の行動をコントロールする信号機です
価格は単なる数字ではなく、人々の行動を導く信号機のような役割を果たしています。たとえば、天候不順で白菜が不作になり供給が減ると、市場価格が一気に跳ね上がります。価格が高くなると消費者は買い控えをし、農家は儲かりそうだと思って翌年に白菜の作付けを増やします。
つまり、上がった価格そのものが「消費を抑え、生産を増やす」よう促し、不足していた量を自然と埋め合わせるのです。反対に白菜が豊作すぎて価格が暴落すれば、農家は別の作物に切り替え、消費者は安くなった白菜をたくさん食べることで、余っていた在庫が解消されていきます。
国の中央機関などが計画してコントロールしなくても、価格という信号のおかげで、資源がそれを最も高く評価する場所へと自然に流れていくという驚くべき現象が起こります。ここでいう「高く評価する」とは、より高いお金を支払う意思があるという意味であり、それが社会的に最も必要とされている度合いと常に一致するとは限りません。
もう少し詳しく:いつでも教科書通りに動くのでしょうか?
需要と供給の法則が完璧に働くためには、市場に無数の買い手と売り手がいて、誰もが自由に競争できる環境が必要です。しかし現実には、このルールがそのまま当てはまらない例外も少なくありません。
特定の企業が市場を独占しているとライバルがいないため、競争市場よりも価格をつり上げ、生産量をあえて抑えて大きな利益を上げることができます(それでも高すぎれば買う人が減るため、無制限に値上げできるわけではありません)。また、高級ブランドバッグやスーパーカーのように、高価であるほど見栄やステータスを誇示したい心理が働き、かえって需要が増える特別なケースもあります。
さらに、政府がガソリン代や家賃などの上限価格を均衡価格よりも低く制限すると、価格が上がれなくなり、買いたい量に対して売りたい量が追いつかない品不足が続くこともあります。とはいえ、健全な競争がある市場であれば、価格はおおむね均衡に向かって動く傾向にあります。
よくある誤解
物の値段は、かかった原価に利益を上乗せして売り手が一方的に決めるものだ。
原価がいくら高くても、買いたい人がいなければ赤字覚悟で値下げして売らざるを得ませんし、原価が安くても買いたい人が殺到すれば価格は高騰します。競争市場において、最終的な価格は売り手一人では決められません。原価は供給側に反映され、その供給と消費者の需要が出合う場所で価格が決まります。
日常で出会う場面
雨の日にコンビニのビニール傘へ急に需要が集まり、あっという間に売り切れてしまう現象です。
夏休みやお盆のシーズンに、リゾート地のホテル代や飛行機のチケット代が普段の何倍にも跳ね上がる現象です。
つまり ひとことで
価格は「買いたい需要」と「売りたい供給」が出合う地点で決まり、資源を効率よく行き渡らせる信号機のような役割を果たしています。