定義
GDP(国内総生産)は、一定期間に一国の国境の内側で新しく生み出されたすべての最終的な財・サービスの価値を、お金に換算して合計した数字です。生産者の国籍に関係なく、その国の領土内で行われた生産活動が核心の基準になります。
国境線の内側で行われた生産の成績表です
アスリートが1年間の成績を細かく記録するように、国も1年間の経済活動がどれだけ活発だったかを総合成績表にまとめます。このとき成績をつける最も基本的で徹底した基準が、国境線という地理的な空間です。
外国企業が日本に工場を建てて作った自動車は、堂々と日本のGDPに入ります。逆に、日本の大企業がベトナムやアメリカに建てた現地工場で作ったスマートフォンは、日本のGDPには入りません。生産者の国籍よりも「どの国の領土で生産したか」が基準だからです。正確には、その国に拠点を置いて活動している(居住者の)生産主体による生産が対象になります。
そのため、外国人労働者が日本の工場で汗を流して稼いだ給料や、外国人教授が日本の大学で講義して受け取った報酬も、すべて日本のGDPに含まれます。このように、一国の領土内で起きた経済の活力と生産力をそのまま測り、国同士の経済規模を比べるものさしにしているのです。
世界中の投資家や政府機関は、この数字を見て、その国の工場がどれだけ忙しく動いているか、お店がどれだけにぎわっているかを把握します。つまりGDPとは、その国の土地で動くすべての経済エンジンの実際の生産規模を示すバロメーターなのです。
中間の材料は除いて、完成品の価格だけを足します
パン1個がお客さんの手に渡るまでの流れを思い浮かべてみてください。農家が500円分の小麦を収穫して売り、製粉所がそれを800円の小麦粉に挽き、町のパン屋さんが1,500円の焼きたてパンにしてお客さんに売ったとします。
もしこの過程で取引されたお金を単純に全部足して、500円+800円+1,500円=2,800円と計算すると、大きな誤りが生じます。小麦の価値が小麦粉にもパンの値段にも重なって入り、小麦の価格が3回も水増しされてしまうからです。
そこでGDPを計算するときは、途中の材料費はすべて除き、最終的に消費者が買った最終完成品の価格だけをすっきり足します。あるいは、各生産段階で新たに生み出された純粋な付加価値だけを集めて合計する方法もあります。
同じ考え方で、フリマアプリで10年前の自動車や去年発売のスマートフォンを売り買いした代金は、GDPに入りません。新しい物を作ったのではなく、すでにある物の持ち主が変わっただけなので、新しい価値の創出とは見なさないのです。ただし、中古車販売店が上乗せする流通マージンのように、取引を助けるサービスの分は新しく作られた価値なので含まれます。
もう少し正確に言うと:物価のマジックを取り除いてこそ本当の実力です
もしパン屋さんが1年間に作ったパンの数が去年と同じ100個なのに、パンの価格だけが1,000円から2,000円へ2倍に上がったらどうでしょう。実際に焼いたパンの量は変わらないのに、レシートの合計額だけが2倍に跳ね上がる、という錯覚が起こります。
このように物価が上がったことで増えた金額をそのまま計算した数字を「名目GDP」と呼びます。一方、物価の上げ下げの影響を統計的に取り除き、生産された物とサービスの純粋な量の変化だけを測った数字を実質GDPと呼んで区別します。
国の経済が去年より実際にどれだけ力強く成長したかを示す「経済成長率」は、この実質GDPの増加率で計算します。物価が急上昇して豊かになったように見える錯覚に陥らず、国の本当の生産体力を正確に把握するためです。
ただしGDPにも限界はあります。家事労働やボランティアのようにお金のやり取りがない活動は含まれませんし、環境汚染や格差といった社会問題も反映できません。そのため経済学者は、国民の実際の生活の質を見るために、ほかの指標も合わせて参考にします。
よくある誤解
GDPが高ければ、国民一人ひとりの暮らしも必ず幸せで豊かになる。
GDPは国全体の生産規模を表すだけです。格差や余暇時間、環境汚染といった生活の質までは捉えられないので、1人当たり所得や福祉水準も合わせて見る必要があります。
日常で出会う場面
外国企業が日本の工場で作った自動車は、日本のGDPに含まれます。
フリマアプリで10年前の自動車を再び取引した金額は、新しい生産ではないのでGDPに入りません。
つまり ひとことで
GDPは、一定期間に一国の国境の内側で作られた最終生産物の合計です。